※Amazonのアソシエイトとして、久留米ジャーナルは適格販売により収入を得ています。
久留米で起きた事件の中でも、全国的にその名を知られたものがあります。
久留米看護師連続保険金殺人事件です。
1998年、久留米市内で男性が死亡しました。
翌1999年には、大川市でも別の男性が死亡しました。
一見すると、それぞれ別の家庭で起きた病死にも見える出来事でした。
しかし、その背後には看護師として働いた経験を持つ女性たちがいました。
中心にいたのが吉田純子です。
吉田と、その周囲にいた堤美由紀、池上和子、石井ヒト美。
4人を結びつけていた場所もまた、久留米でした。
事件からすでに四半世紀以上が過ぎました。
それでも久留米の事件史をたどるなら、この事件を避けて通ることはできません。
4人を結びつけた聖マリア看護専門学校
吉田純子は福岡県柳川市で生まれ、佐賀県内の高校の衛生看護科を卒業しました。その後、大阪府貝塚市の病院で勤務しています。
その後、正看護師資格を取得するため1979年に入学したのが、聖マリア看護専門学校です。
現在、津福本町にある聖マリア学院大学の前身にあたります。聖マリア病院では1973年に看護学院を開設し、1976年に聖マリア看護専門学校へ名称を変更。その後、聖マリア学院短期大学を経て、現在の聖マリア学院大学へと受け継がれています。
吉田と池上和子、石井ヒト美は同学年で、堤美由紀は1年後輩でした。
そして吉田は専門学校卒業後、研修看護師として聖マリア病院に勤務したとされています。
つまり、この事件における久留米との接点は単に「事件が久留米で起きた」というだけではありません。
4人の人間関係の原点そのものが、津福本町の聖マリアの看護学校にあり、吉田自身もその後、聖マリア病院で看護師として働いていました。
ただし、4人全員が聖マリア病院に勤務していたわけではなく、卒業後はそれぞれ別の道に進んでいます。
つまり、4人は、久留米の同じ看護学校でつながった女性たちでした。
吉田純子が作り上げた「先生」という存在
事件の異様さは、保険金目的で人を殺害したことだけではありません。
吉田は周囲の女性たちに、実際には存在しない人物を次々と作り出していました。
その象徴が「先生」です。
裁判所の判決によると、吉田は「先生」を検察などにも影響力を持つ強大な人物であるかのように語り、さらにその周辺に「側近」がいるという世界まで作り上げました。
手紙を用意したり、現実に起きた出来事を架空の話と組み合わせたりすることで、その存在を信じ込ませていきます。
別の女性に対しては「井田」「古林」など、違う架空人物も登場させました。
そして、
「あなたはトラブルに巻き込まれている」
「相手が金を要求している」
「自分が間に入って解決する」
という構図を作り、金を出させていきます。
吉田は単に嘘をついていたのではありません。
相手ごとに別の世界を作り、その世界の中で自分だけが問題を解決できる人物になる。
そこに、この事件の大きな特徴があります。
1998年、久留米市内で最初の殺人
最初の殺人が起きたのは1998年1月です。
被害者は池上和子の夫でした。
吉田は池上に対し、夫が浮気している、家族を危険にさらそうとしているなどとする虚偽の話を重ね、夫を殺害する方向へと追い込んでいきました。
1月21日に一度殺害が試みられましたが、失敗します。
それでも計画は中止されませんでした。
1月23日夜から翌24日にかけて、久留米市内にあった池上宅で再び実行されました。
看護師としての知識を利用し、睡眠薬などで被害者を眠らせ、薬剤や注射器を使って殺害したと裁判所は認定しています。
死亡後は119番通報が行われ、病死であるかのように扱わせようとしました。
その後、生命保険金約3450万円が支払われ、その大部分が吉田の手に渡っていきました。
久留米看護師事件という名称は単に「犯人が久留米に住んでいたから」付いたものではありません。
最初の殺人そのものが久留米市内の住宅で起きています。
1999年、事件は大川市へ
翌1999年3月、今度は石井ヒト美の夫が標的となりました。
石井は夫の借金問題などを吉田に相談していました。
そこへ吉田が作り上げた架空の人物「古林」が登場します。
夫が周囲に重大な金銭トラブルを起こしており、その被害者たちが夫を恨んでいるという筋書きでした。
3月27日夜。
舞台となったのは大川市にあった石井宅です。
被害者を眠らせた後、医療用の胃チューブなどが使われ、大量の洋酒を体内に入れる方法が取られました。さらに注射器も使用され、翌28日、被害者は死亡しました。
約3200万円の生命保険金が支払われています。
ここまで来ると、「久留米だけの事件」というより、久留米を中心として筑後地方へ広がった事件だったことが分かります。
柳川市では殺人未遂まで起きていた
事件は2人の男性の死亡だけでは終わりませんでした。
2000年5月には、堤美由紀の母親を狙った殺人計画が実行されます。
場所は柳川市でした。
女性宅を訪れ、インスリンを使用して殺害し、通帳や印鑑を奪おうとしました。
しかし女性が抵抗したため失敗。
その後、低血糖状態となった女性は処置を受け、一命を取り留めました。
この事件も、後に吉田らが起訴された事件の一つとなります。
久留米、大川、柳川。
現在なら車で普通に行き来する筑後地方の生活圏の中で、一連の事件は進んでいました。
久留米市内のマンションに4人が集められていく
2001年になると、4人の関係はさらに異様なものになっていました。
吉田は久留米市内に新築された高級マンションの最上階を購入します。
さらに、ほかの3人にも資金援助をして同じマンションに住ませました。
吉田は3人に身の回りの世話をさせ、自分のことを「吉田様」と呼ばせるようになります。
事件を取材した森功のノンフィクション『黒い看護婦 福岡四人組保険金連続殺人(新潮文庫)』が描いたのも、単純な共犯者4人ではありません。
一人を頂点として、金銭と虚構、恐怖によって人間関係そのものが変形していく過程です。
一部のネット記事では、このマンションを野中町にあった建物と特定しています。
ただし、今回確認した裁判資料や主要な公的資料では町名までは確認できませんでした。
そのため久留米ジャーナルでは、現段階では「久留米市内のマンション」までにとどめます。
事件が崩れた場所は久留米警察署だった
そして、この事件が崩れ始めた場所も久留米です。
2001年8月2日。
石井ヒト美は親族に相談した後、久留米警察署を訪れました。
最初は、吉田が作り上げた架空人物「古林」から脅迫されているという相談でした。
ところが警察官とのやり取りを経て、その日のうちに再び久留米署へ向かいます。
そこで石井は、自分の夫を殺害したことを告白しました。
1998年と1999年に起きた2人の死亡は、それまで連続保険金殺人事件として表面化していませんでした。
一人の共犯者が久留米警察署の扉を開いたことで、数年間隠れていた事件が動き始めたのです。
警察はその後、裏付け捜査を進めました。
そして2002年、吉田ら4人が逮捕されます。
吉田純子に死刑判決
裁判は福岡地方裁判所で行われました。
2004年9月24日、福岡地裁は吉田純子に死刑を言い渡しました。
判決は、吉田について、架空の話や執拗な働きかけによって共犯者を犯行へ向かわせた責任を重く認定しています。
一方で、共犯者についても単に吉田に操られただけだったとは判断していません。
それぞれが殺害を決意し、実行に重要な役割を果たしたとして刑事責任を認めました。
堤美由紀には無期懲役、石井ヒト美には懲役17年が言い渡されました。
池上和子は判決前の2004年9月に死亡したため、公訴棄却となっています。
吉田は控訴、上告しましたが、最高裁で上告が棄却され、死刑が確定。
2016年3月25日、福岡拘置所で死刑が執行されました。
『黒い看護婦』を久留米で起きた事件として記録しておく
4人がつながった久留米の看護学校。
最初の殺人が行われた久留米市内の住宅。
4人が同じ建物に集まって暮らすようになった久留米市内のマンション。
そして、一連の犯罪が明るみに出る入口となった久留米警察署。
この事件が不気味なのは、特殊な犯罪者だけで作られた世界ではなかったことかもしれません。
看護学校で知り合った人間関係が続き、仕事をし、結婚し、家族を持つ。
そのごく普通に見える暮らしの中に、嘘と金銭、支配関係が長い年月をかけて入り込みました。
そして最後には、夫を殺害するところまで人間関係そのものが変質していった。
久留米看護師連続保険金殺人事件は、全国的には「黒い看護婦」と呼ばれた凶悪事件です。
2015年にはフジテレビが、大竹しのぶ、寺島しのぶ、坂井真紀、木村多江らを起用して『黒い看護婦』としてドラマ化しました。
原作となったのは、森功が書いたノンフィクション黒い看護婦―福岡四人組保険金連続殺人 (新潮文庫)です。森功は近年ではNetflixドラマ『地面師たち』の元になったノンフィクション『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団 (講談社文庫)』でも知られている作家です。
久留米ジャーナルでは、久留米という街の中で実際に起き、筑後地方へ広がっていった事件として記録しておきたいと思います。

