スポンサーリンク

久留米と覚醒剤|道仁会253kgの過去と田主丸89g事件、薬物はどこまで浸透しているのか

久留米と覚醒剤 久留米の今
この記事は約10分で読めます。

2026年、久留米市で覚醒剤事件が相次いでいます。

4月には、道仁会傘下組織の組員が久留米市内で覚醒剤を所持した疑いで逮捕されました。

7月には田主丸で、76歳の男が約89グラム、末端価格約470万円相当の覚醒剤を営利目的で所持した疑いで逮捕。

さらに8月には、久留米市通町に住む別の道仁会系組員が覚醒剤約1グラムを所持したとして現行犯逮捕され、道仁会系組事務所に家宅捜索が入りました。

人口約30万人の地方都市で、これだけ覚醒剤事件が続く。

では、久留米では覚醒剤がどこまで広がっているのでしょうか。

調べていくと、最近の逮捕だけでは見えてこない、約40年にわたる歴史があります。

スポンサーリンク

2026年4月、道仁会系組員を久留米市内で逮捕

福岡県警によると、2026年4月24日、筑後市に住む34歳の道仁会傘下組織組員が覚醒剤取締法違反の疑いで久留米警察署に逮捕されました。

容疑は4月13日、久留米市内で覚醒剤を含む白色結晶を所持していたというものです。

福岡県警自身が「指定暴力団道仁会傘下組織組員」として公表しています。

この時点では、一人の暴力団員による所持事件として見ることもできます。

関連記事:道仁会福田組とは何か|最近起きた事件と五代目体制から見る久留米の現在地

しかし、その約3カ月後、久留米では性格の違う覚醒剤事件が起きました。

田主丸で約89g、470万円相当を営利目的で所持か

2026年7月15日、久留米市の76歳の男が覚醒剤取締法違反の疑いで逮捕されました。

警察が自宅アパートを捜索したところ、敷地内のエアコン室外機の下などから、チャック付きポリ袋に入った覚醒剤24袋を発見。

さらに知人から借りていた空き家の倉庫からも4袋が見つかりました。

押収された覚醒剤は合計約89グラム。

末端価格で約470万円相当でした。

警察は営利目的所持の疑いで男を逮捕しています。

男は「私のものではありません」などと容疑を否認していると報じられています。

この事件について、報道では道仁会など暴力団との関係は示されていません。

さらに8月、道仁会系組員から約1g

その約1カ月後、再び道仁会系組員が登場します。

2026年8月21日、久留米市通町に住む46歳の道仁会傘下組織組員・二江直人容疑者が、覚醒剤約1グラムを所持した疑いで現行犯逮捕されました。

警察は別の覚醒剤事案を捜査している過程で男を調べ、所持品から覚醒剤を発見したとしています。

8月31日には久留米市内にある道仁会傘下組織の事務所を家宅捜索。

警察は覚醒剤の入手経路だけでなく、組織の関与についても調べています。

つまり2026年だけを見ても、

4月 道仁会系組員を久留米市内で摘発

7月 田主丸で約89g、営利目的所持事件

8月 道仁会系組員から約1g、組事務所を捜索

と、短い間隔で事件が表面化しています。

では、こうした事件は最近になって始まったのでしょうか。

そうではありません。

道仁会史上最大級、1987年に覚醒剤約253kg

久留米を本拠とする道仁会と覚醒剤の歴史をさかのぼると、桁が二つどころか五つ変わります。

1987年2月、福岡県警は道仁会系森田組による覚醒剤密輸・密売事件を摘発しました。

警察庁の『昭和63年警察白書』には、

一度の押収量では当時史上最高となる約253キログラム

を押収したと記録されています。

当時の末端価格で約420億円相当でした。

しかも253キログラムは、事件全体ではありません。

警察庁によると、森田組は鹿児島県の離島を拠点に小型漁船を使用。

1986年に6回の洋上取引を行い、台湾から合計約570キログラムの覚醒剤を密輸していました。

そのうち押収されなかった約317キログラムについては、すでに関東地方などで末端まで密売されていたことが捜査で判明しています。

その前年にも道仁会武田組から約7.8kg

さらに興味深いのは、253キログラム事件の前年です。

1986年6月、福岡県警は道仁会武田組幹部らによる覚醒剤事件を摘発しています。

警察庁の『昭和62年警察白書』によると、武田組幹部らは大量の覚醒剤を仕入れ、宅配便を利用して全国へ組織的に密売。

暴力団幹部ら4人が検挙され、

覚醒剤約7.8キログラム

が押収されました。

1986年に7.8キログラム。

翌1987年に253キログラム。

偶然一度だけ大量の覚醒剤が道仁会周辺に流れ込んだわけではなかったことが分かります。

年間「数百kg」を台湾から仕入れていた道仁会系組織

さらに警察庁の1991年版警察白書には、道仁会系組織の覚醒剤ビジネスの内部構造まで記録されています。

福岡県の道仁会系「M組」は、組員20人ほどの比較的小さな組織でした。

ところが台湾の密売組織と洋上取引を行い、

年間数百キログラム

の覚醒剤を仕入れていたとされています。

それを宅配便などを利用して全国の暴力団へ卸し、年間売上は6億円以上。

組織内には、

総括責任者

密輸責任者

密売責任者

密輸担当

密売担当

運搬担当

保管担当

という役割分担まで存在していました。

これは「暴力団員が個人的に覚醒剤を使用していた」という話ではありません。

仕入れ、密輸、保管、運搬、販売までを組織化した流通システムです。

2006年にも道仁会系で約4.2kg

昭和で終わった話でもありません。

2006年5月には、道仁会傘下組織幹部がJR博多駅で、密売目的の覚醒剤約3.9キログラムを茶袋に隠して所持していたとして逮捕されました。

さらに関係先の貸しコンテナから約0.3キログラムが押収されています。

合計すると約4.2キログラムです。

警察庁白書は、覚醒剤を譲り渡した松葉会傘下組織組長も逮捕されたと記録しています。

1986年の7.8キログラム。

1987年の253キログラム。

2006年の約4.2キログラム。

道仁会周辺で覚醒剤事件が確認される期間は、かなり長期にわたります。

2020年代にはSNSを使った密売へ

時代が変わると、販売方法も変わりました。

警察庁によると、道仁会傘下組織幹部らは2021年3月から2023年2月にかけ、熊本県内などでSNSを利用して覚醒剤や大麻を密売しました。

2023年4月までに10人が検挙されています。

さらに、このグループから覚醒剤や大麻を購入するなどした客25人も検挙されました。

ここで見えてくるのは、一人の売人の向こう側です。

売る人間が一人捕まっても、その後ろには複数の購入者が存在する場合があります。

覚醒剤事件を逮捕者一人だけで見ていると、市場の形は見えません。

2025年には久留米の道仁会本部を家宅捜索

2025年2月にも、覚醒剤事件を受けて久留米市にある道仁会本部に熊本県警の家宅捜索が入りました。

道仁会系暴力団組長が、熊本市内で覚醒剤約200グラム、当時1320万円相当を譲り受けた疑いで逮捕された事件です。

捜査の発端となった一連の事件では、道仁会系暴力団幹部ら17人が逮捕され、約391グラム、2300万円相当の覚醒剤が押収されていました。

警察は暴力団が覚醒剤密売に関与していた疑いを調べていました。

そして翌2026年、久留米市内で再び覚醒剤事件が続いています。

約40年間を並べるとどう見えるのか

確認できる主な事件を時系列にすると、こうなります。

1986年 道仁会武田組 約7.8kg押収

1987年 道仁会系森田組 約253kg押収

1990年前後 道仁会系組織が年間数百kgを仕入れていたことを警察が解明

2006年 道仁会傘下組織 約4.2kg押収

2023年 道仁会系のSNS密売グループを摘発、購入者25人も検挙

2025年 約200gの譲受事件を受け、久留米の道仁会本部を家宅捜索

2026年4月 久留米市内で道仁会系組員を覚醒剤所持容疑で逮捕

2026年7月 田主丸で約89g、470万円相当を営利目的所持した疑い

2026年8月 道仁会系組員から約1g、久留米市内の組事務所を家宅捜索

約40年前の事件と現在の事件を直接結び付けることはできません。

関係する人物も組織の状況も、覚醒剤の流通方法も変化しています。

しかし、久留米を本拠とする暴力団と覚醒剤という組み合わせが、昭和、平成、令和と繰り返し警察資料に登場していることは事実です。

関連記事:道仁会とは?組織図・本部所在地・抗争史をわかりやすく解説

福岡県では2025年に378人を覚醒剤事犯で検挙

では、暴力団の外まで視野を広げるとどうでしょうか。

福岡県警によると、2025年に県内で薬物犯罪により検挙された人は857人。

そのうち覚醒剤事犯は、

378人

でした。

大麻408人、その他の麻薬39人などとなっています。

覚醒剤事犯の検挙人員は、

2020年 630人

2021年 498人

2022年 412人

2023年 371人

2024年 342人

と減少してきました。

しかし2025年は378人となり、前年より増加しています。

「覚醒剤は昭和の薬物」というイメージとは違い、現在も福岡県内で年間数百人が検挙されています。

再犯者率78.1%という数字

覚醒剤にはもう一つ特徴があります。

2024年に福岡県で覚醒剤事犯により検挙された342人のうち、再犯者は267人。

再犯者率は、

78.1%

でした。

約5人に4人です。

この数字があるため、「年間378人検挙された」という数字から、そのまま覚醒剤使用者の人数を推測することはできません。

同じ人物が繰り返し検挙されるケースが含まれているからです。

同時に、警察に検挙されていない使用者が何人いるのかも分かりません。

つまり、

検挙人数=実際の使用者数

ではありません。

久留米には何人の覚醒剤使用者がいるのか

結局、最も知りたい数字にはたどり着きません。

久留米市内に覚醒剤使用者が何人いるのか。

現在公開されている統計から正確に答えることはできません。

福岡県の378人を人口比で久留米市に割り振ることにも意味はありません。

薬物市場には地域差があります。

暴力団や密売グループの存在、交通網、人間関係、インターネットやSNSによる販売など、さまざまな要因が絡むためです。

しかし、「分からない」で終わる必要もありません。

田主丸89g事件が示したもう一つの線

今回、田主丸の事件を加えることで見えてくるものがあります。

久留米と覚醒剤を調べると、どうしても道仁会が大きく浮かび上がります。

1987年には253キログラム。

かつては年間数百キログラムを海外から仕入れていた道仁会系組織もありました。

2000年代、2020年代にも密売事件が続いています。

これだけを見れば、

「久留米の覚醒剤問題=道仁会」

と考えてしまいそうになります。

しかし、2026年7月の田主丸事件では、報道上、道仁会との関係は示されていません。

それでも約89グラム、470万円相当。

しかも警察は営利目的所持として立件しました。

ここに別の線があります。

暴力団事件として報道されない覚醒剤の流通です。

久留米市内の覚醒剤市場が実際にどのような構造になっているのかを考えるなら、道仁会だけを見ていても全体は見えません。

見えているのは「使用者数」ではなく「流通の痕跡」

久留米には何人の覚醒剤使用者がいるのか。

それは分かりません。

「久留米に覚醒剤が蔓延している」と断定できる統計もありません。

しかし、公開資料から確認できる事実はあります。

久留米を本拠とする道仁会系組織が、かつて国内最大級の覚醒剤密輸に関与していた。

全国への宅配便による密売も行われていた。

2000年代にもキログラム単位の覚醒剤事件が起きた。

2020年代にはSNSを利用した密売事件が摘発された。

2025年には覚醒剤事件を受け、久留米の道仁会本部が家宅捜索された。

2026年には道仁会系組員の摘発が続き、その間には田主丸で約89グラムの営利目的所持事件も起きた。

つまり、現在確認できるのは「久留米に何人の使用者がいるか」ではありません。

覚醒剤がどこかから入り、誰かに渡り、時代ごとに形を変えながら事件として表面化してきたという流通の痕跡です。

1987年の253キログラムと、2026年8月の1グラム。

数字だけを見ればまったく別の事件です。

その間にある田主丸の89グラムも、道仁会との関係が確認された事件ではありません。

しかし、久留米という一つの都市を軸に時間をつないで見ることで、

「この街で覚醒剤事件はなぜ繰り返し表面化するのか」

という別の問いが生まれます。

今後、2026年の田主丸事件で約89グラムの覚醒剤がどこから入手されたのか。

8月の道仁会系組員が所持していた約1グラムはどこから来たのか。

そして、それぞれの事件に接点があるのか、ないのか。

警察の捜査で新たな事実が明らかになれば、久留米の覚醒剤をめぐる現在の輪郭がもう少し見えてくるかもしれません。


今回たどった覚醒剤事件の背景には、久留米を本拠とする道仁会の長い歴史があります。

道仁会がどのような組織なのか。歴代会長や抗争史、現在の組織構造まで含めた全体像については、こちらの記事で詳しく整理しています。

また、道仁会は過去の存在ではありません。五代目体制となった現在、久留米でどのような事件が起き、傘下組織がどう動いているのか。

最近の事件から現在の道仁会を追った記事はこちらです。

タイトルとURLをコピーしました