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初詣⁉玉垂命とは⁉福岡県久留米市・筑後国一の宮・高良大社ガイド

高良大社本殿 神社・古墳ガイド
この記事は約5分で読めます。

高良大社は、筑後国一の宮という筑後地方では最高の社格を誇る神社になります。

祭神は、玉垂命(たまたれのみこと)になります。

以前、紹介しました筑後市の玉垂命神社の本家本元になります。

高良大社は、高良玉垂宮とも呼ばれていまして、久留米近辺の方には馴染み深い神社であり初詣スポットです。

今回は、そんな筑後国一の宮・高良大社(高良玉垂宮)を写真で紹介すると共に、玉垂命の謎に迫ってみたいと思います。

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写真でつづる筑後国一の宮・高良大社

それでは、写真で、高良大社を見ていきましょう。

アクセス

高良大社への道は、大きく分けて2通りあります。

一つは、慈母大観音像で有名な成田山と浦山公園の間を通り、あがっていく道です。

成田山慈母観音像

もう一つは、高良大社第一鳥居をくぐって、あがっていく道になります。

オススメルート

やはり、きちんと第一鳥居をくぐり、あがっていく道(※Map参照)がオススメです。

高良大社・第一鳥居

高良大社第一鳥居

見えづらいですが、玉垂宮と書かれています。


高良大社第一鳥居石碑


高良大社第一鳥居木札

明暦元年(1655年)建立
国指定重要文化財石造大鳥居
久留米二代藩主 有馬忠頼公 寄進

この鳥居をくぐり、山道をのぼっていきます。

クルマで、山頂の本殿まで行けます。(約10分くらいです。)

のぼっていく間に、高良大社以外にも、様々な神社や寺があります。

高良山全体が、ご神体のような雰囲気です。

高良大社・三の鳥居

高良大社・三の鳥居がゴールです。

この赤い鳥居が、高良大社第三鳥居になります。

高良大社三の鳥居

横に小さな駐車場があります。


高良玉垂宮

高良玉垂宮と書かれています。


高良大社3の鳥居石碑

立派な石碑があります。

初詣時期の駐車場注意点

初詣の時期は、三の鳥居まであがろうと思ったら渋滞でなかなかクルマが進みません。

もう一つ下の第二鳥居の駐車場の方が広くていいかと思います。

※初詣時期には警備員さんが立っていますから、すぐにわかります。

望郷亭

高良山茶屋望郷亭

赤い鳥居の目の前には、茶屋『望郷亭』があります。

昭和23年(1948年)創業、だんご汁などが食べられる風情あるお店です。

スロープカー

スロープカーで本殿まであがれます。

高良大社ロープウェイ


高良大社スロープカー説明

スロープカーご利用案内
運行時間:午前9時~15時(初詣期は除く)
乗車定員:6名
優先ご利用者:車いすの方・介護の方・お体の不自由な方・幼少やベビーカーのご家族。
施設管理上皆様のお志(ワンコイン程度)をお願い致します。

高良大社スロープカーレール

係員はいません。

すべて手動で操作します。

まずボタンでドアを開けて→中に入り→ボタンでドアを閉めて→上まで行くボタンを押すだけです。

いやはや、これはメチャクチャ楽チンでした。

高良大社スロープカー景色

手水舎

高良大社手水舎

さすが、一の宮です。

立派です。

八葉石碑(神籠石)

高良八葉石碑


八葉石碑説明

考古学上、かなり重要なものだそうです。

高良大社・門

高良大社門


高良大社外観

本殿(社殿)

高良大社本殿


高良大社社殿


高良大社本殿上

高良玉垂宮と書かれています。


高良大社本殿中

本殿の奥にみたいなものが見えます。

特に覗き込んだわけでもなく、普通に見えます。

これほど内部がよく見える神社も珍しい気がします。


高良大社本殿側面


高良大社本殿細工

狛犬

高良大社狛犬

高良大社の狛犬は、一対(計2体)です。

授与所(お守りなどの売り場)

高良大社社務所

恒例のおみくじを引きました。

去年大吉でしたから期待していましたが…今年は残念ながら中吉でした。

古いお守りを納める場所

高良大社お守り捨てる

本殿向かって右側、社務所の反対側に、去年の古いお守りなどを納めるBOXみたいなものがあります。

高良大社お守り捨て説明

神社で購入したものだけで、お寺で買ったものはダメとのこと。

神棚など大きいものは授与所に持っていくようです。

展望所

高良大社展望所

高良大社の名物といえば、久留米市内が一望できる展望所になります。

高良大社展望所から久留米市内

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最後に

筑後国一の宮・高良大社(高良玉垂宮)はいかがだったでしょうか。

筑後地方一番の由緒ある神社ですから、とても見応えがありますよね。

最後に少しだけ祭神・玉垂命について考えてみたいと思います。

玉垂命が誰なのかは謎に包まれています。

一の宮ですから、その地方で一番の豪族だった誰かであることは間違いないと思います。

ちなみに、出雲国一の宮は出雲大社であり、豊前国一の宮は宇佐神宮です。

仮説としては、以前、紹介しました御塚・権現塚古墳の水沼君が有力視されています。

ただこの筑後地方は、八女の磐井が筑紫君(九州の王)として大和朝廷と戦っています。

磐井の祖父の墓と推測されているものに石人山古墳があります。

実は、玉垂命は、この石人山古墳(磐井一族)よりあとに筑後地方に来た可能性もあります。

高良玉垂宮の縁起である『高良玉垂宮神秘書』という本の中に、こういうエピソードが書かれています。

高良大明神は鎮座の場所を探して、筑後地方をあちらこちら回っておられました。
大川の港(現・大川市)から上陸して、瀬高のイチガウラという村にたどり着かれて、遥かに北の方角を眺めておりますと、遠くの丘の上に何やら敵らしき人影がたくさん見えるではありませんか。
神様は、自分がこれから進んでいこうとするのを邪魔しようとしているのではないかと驚かれ、さっそく見張りのカラス(ミサキ鳥)を飛ばして調べさせました。
カラスはその丘に飛んでいき、その人物をくちばしでつついてみて、それが石人であることがわかったのです。
ほどなくして戻ってきたカラスは「あれは敵ではなく、ヒトカタ(人形)です」と告げたので、神様は安心して北へ向かって進まれ、八女丘陵をこえて久留米の高良山にお着きになられ、そこを鎮座の場所に決められました。

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