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心霊スポット!?八女丘陵に広がる恐怖の石人山古墳・写真探訪記

石人山古墳石棺小屋2 神社・古墳ガイド
この記事は約3分で読めます。

先日、福岡県八女郡広川町にあります石人山古墳を見に行ってきました。

前回の記事の続きになります。

順路としては、こふんピア→石人山古墳→弘化谷古墳という流れになります。

今回は、石人山古墳を写真と共に紹介したいと思います。

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石人山古墳

アクセス

所在地:福岡県八女郡広川町大字一條字人形原1435番

詳細なアクセスに関しては、冒頭の「古墳ピア広川」の記事を参照してください。歩いて行けます。

指定

大正15年3月…福岡県の指定を受ける。
昭和13年8月…国の史跡に指定される。
昭和53年3月…八女古墳群と改称して国の一括指定となる。

形状

八女丘陵の一部を利用して築造された、墳長120mの前方後円墳になります。

築造年代

5世紀前半代の終わり頃(古墳時代中期)とされています。

墓主・被葬者

記録も遺物も無いため推測の域を出ませんが、筑紫君磐井の祖父ではないかとされています。

武装石人

最大の特徴は、名前の由来にもなっている武装石人が立っていることになります。

人形原という地名の由来は、この武装石人に由来しています。高良大明神が鎮座の場所を探していた時に、丘の上にいる人影を発見し、ミサキ鳥(見張りのカラス)を飛ばして調べたところ、カラスがくちばしでつついて「あれはヒトカタ(人形)です」と報告したことから命名されたという説があります。

武装石人は、身長約1.8m、鎧を身につけ矢入れを背負っています。

石人は主体部の石棺に埋葬された被葬者を守っているかのように、古墳の前方部と後円部のくびれの部分に立っています。

民間伝承…昔から肩や腰の痛い人は、石人の肩や腰をさすることで、肩や腰が治ると信じられていたようです。
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写真でつづる石人山古墳

それでは、石人山古墳を写真で見ていきましょう。

石人山古墳への道

こふんピア広川の資料館を出て、右手の山の方へ向かいます。


石人山古墳標識

すぐに標識があります。


石人山古墳石人像

石人さんが出迎えてくれます。


石人山古墳道中

こんな感じの山道です。


石人山古墳看板

石人山古墳の略図がありました。うん、前方後円墳ですね。


石人山古墳道中2

いい感じの山道です。まだ歩きます。


石人山古墳景色

右手に町並みが広がっています。


石人山古墳階段

階段をのぼります。


石人山古墳説明

説明板がありました。


石人山古墳石人像家

なんかオドロオドロしい雰囲気があります。


石人山古墳石人家表札

文字は消えかかっていましたが、武装石人さんの家の表札のようです。


武装石人家

檻?
もしかして武装石人が動き出して暴れるんじゃないか…。
なんか怖くなってきました。
中を覗いてみます。


武装石人像実物

武装石人さんがいました。


武装石人実物3

武装石人さんの横顔です。
中の壁の様子が、昔の牢屋のようで何か怖いです。


石人山古墳石棺小屋遠景

奥にもう1つ家?があります。
怖いけど、行ってみます。


石人山古墳石棺小屋2

石人さんの家より、ちょっと立派に見えます。


石人山古墳石棺表札

玄関?の上に掲げられた表札です。
こちらも文字が消えかかっていました。
中を覗いてみます。


武装石人実物2

石棺があります。


石人山古墳石棺実物

こうして見ると、生々しいです。
磐井の祖父?
一体、誰が入っていたのでしょうか…。


石人山古墳石棺と武装石人

石棺から武装石人の方を見ると、こんな感じです。
武装石人の上半身が見えます。
ああやって、1500年以上もの長い間、この石棺を守っているのでしょう…。

あまり霊感など無い方ですが、何だか妙な恐怖感を覚え、足早に引き返しました。

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あとがき

石人山古墳の話はいかがだったでしょうか。

地元の人には、「石人さん」として親しまれているとのことですが、正直、今でも奇妙な恐怖感が残っています。

この感覚は何なのでしょう。

武装石人さんが石棺を守る為に敵意をむき出しにしたのかもしれません。

この後、そのまま歩いて弘化谷古墳を見に行きました。

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