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永川俊彦とは何者か?|飲食業・新栄町商店街から県議へ、古賀誠・藤丸敏との接点

永川俊彦とは何者か まちと政治
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福岡県議会の大牟田市選挙区には、少し変わった経路で県政に入った議員がいます。

永川俊彦(えがわ・としひこ)県議です。

大牟田の商店街に育ち、飲食店を開業。青年会議所や観光協会、大蛇山まつりなどの地域活動を経て、2019年に無所属で県議選へ出馬しました。ただし、その選挙で永川氏が掲げたのは「自民党員」「保守本流」という看板でした。

しかも、相手には自民党公認の現職がいました。

永川氏はその選挙で当選し、県議会では自民党県議団とは別の会派「緑友会」に参加します。そして4年後の2023年には自民党公認で無投票再選を果たし、自民党県議団へ入りました。

飲食業と商店街活動を出発点にした地域人材が、どのように福岡7区の保守政治と接続し、自民党県議団の一員になったのか。本稿では、永川氏の経歴、選挙、会派移動、政策、重要局面での投票行動を順に整理します。

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永川俊彦のプロフィール

項目内容
氏名永川俊彦(えがわ・としひこ)
生年月日1978年6月29日
選挙区大牟田市
当選回数2回
会派自民党県議団
主な経歴飲食業経営、株式会社もんどF.Dカンパニー設立、大牟田青年会議所第62代理事長、新栄町商店街振興組合理事長など
県議会での役職警察委員会委員長、空港・交通インフラ調査特別委員会委員、決算特別委員会委員

県議会での役職は、福岡県議会の議員紹介に掲載された2026年10月1日現在の情報です。

なお、姓は「ながかわ」ではなく、**「えがわ」**と読みます。

商店街の宝石店に育ち、飲食業へ

永川氏の政治家としての出発点は、議員秘書や中央官庁ではありません。大牟田の商店街と飲食業です。

永川氏の公式プロフィールによると、大牟田市立羽山台小学校、田隈中学校、県立大牟田北高校を卒業。高校卒業後は東京、熊本、福岡の飲食店で経験を積み、2007年に大牟田で「居酒問屋 もんど商店」を開業しました。

祖父と父は、新銀座や新栄町の商店街で宝石店を56年間営んでいました。店名の「もんど」は、ダイヤモンドに由来するといいます。

永川氏は地域情報サイトのインタビューで、店の経営が思うようにいかなかった時期に、開業時の目的だった「大牟田を元気に、新栄町を元気に」という原点に立ち返ったと語っています。飲食店の外へ販路を広げ、仕出しや配達にも取り組みました。

ここで語られているのは、単なる飲食店経営者の成功談ではありません。

商店街の衰退、中心市街地の空洞化、働く場所の減少。そうした大牟田の課題を、行政資料ではなく、自分の店の売上や通りの人出として体感してきたということです。

関連記事:大牟田とはどんな街か|三池炭鉱が作り、そして失われた都市の構造

青年会議所、商店街、大蛇山まつり――地域の「調整役」へ

永川氏は、飲食業と並行して地域団体での活動を広げていきます。

公式プロフィールには、大牟田青年会議所第62代理事長、大牟田観光協会理事、大牟田市体育協会副会長、大牟田市バスケットボール協会副会長などの経歴が並びます。市制100周年の年には、第56回おおむた「大蛇山」まつり実行委員長と、おおむた100フェス実行委員長を務めました。

新栄町商店街では振興組合理事長を務め、商店街の空きスペースを使った休憩所や出店、交流拠点づくりにも関わっています。

2018年のインタビューで、永川氏は自分の役割を「外とのパイプ役」と表現しました。補助金申請、プレゼン、資金集め、行政や各団体との調整を担い、活動する人が動きやすい環境をつくるという考えです。

これは後に掲げる「国と県と市のパイプ」という政治姿勢にもつながります。

永川氏の政治を理解するうえで重要なのは、強い理念を前面に出す運動家というより、地域の団体、人、行政をつなぎ、事業を成立させる調整型の人物として歩んできた点です。

2019年、「自民党員」を掲げながら無所属で初当選

永川氏が県議選で初当選したのは2019年です。

大牟田市選挙区の定数は2。結果は次の通りでした。

候補者党派得票結果
大橋克己国民民主党14,623票当選
永川俊彦無所属13,441票当選
田中秀子自由民主党9,699票落選
江口学無所属4,852票落選

投票率は44.33%でした。

選挙公報で永川氏は「自民党員 40歳」と記し、「国と県と市のパイプを」「保守本流の政治理念・哲学・信条を継承」と訴えました。

つまり、無所属候補ではあっても、政治的な立ち位置は明確に保守・自民党側へ置いていたことになります。

一方、同じ選挙には自民党公認の現職・田中秀子氏も出馬していました。選挙構図として見れば、無所属の自民党員と、自民党公認の現職が同じ議席を争う形です。永川氏は田中氏に3,742票の差をつけて初当選しました。

なぜ自民党員でありながら無所属だったのか。公認をめぐる具体的な内部事情は、公表資料からは確認できません。ただ、少なくとも有権者に対して自民党との距離を隠して出馬したわけではありませんでした。

関連記事:大橋克己とは何者か?|大牟田選出4期、三池の労働運動と民主系会派再編

初当選後は「緑友会」へ

2019年の初当選後、永川氏は自民党県議団ではなく、緑友会に入りました。

緑友会は、自民党県議団とは別の会派です。無所属議員や保守系議員を含み、県議会内で独自のまとまりをつくっていました。

永川氏の場合、選挙では自民党員、保守本流を掲げながら、議会活動は自民党県議団の外から始めたことになります。

ここには、当時の永川氏の立場がよく表れています。政治的な基盤は保守側に置きながらも、選挙では無所属、会派は自民党県議団の外。その後の自民党公認と自民党県議団入りは、突然の転向というより、4年かけて党との関係を公式化していく過程だったと見るほうが自然でしょう。

2023年、自民党公認で無投票再選

2023年の県議選では、立場が明確に変わりました。

永川氏は自民党公認候補として出馬。大牟田市選挙区は、現職の大橋克己氏と永川氏の2人しか立候補せず、定数2のため無投票となりました。

2019年は「自民党員だが無所属」、2023年は「自民党公認」です。

永川氏は立候補に当たり、自身の集会に自民党元幹事長の古賀誠氏と、福岡7区選出の藤丸敏衆院議員が出席したことを報告しています。さらに、古賀氏、藤丸氏、自民党大牟田支部の支援を受けて公認候補として挑むと明記しました。

無投票再選は、選挙戦で信任を争った結果ではありません。しかし、自民党公認を得たことによって、永川氏の県政上の位置は2019年よりも分かりやすくなりました。

関連記事:無投票当選が6選挙区に――2023年福岡県議選、筑後地区の構図

緑友会から自民党県議団へ

2023年の選挙後、県議会では会派再編が起きました。

緑友会に所属していた井上忠敏、永川俊彦、江口善明、神﨑聡の4氏が、自民党県議団へ移りました。

この再編について、神﨑氏は後年、自身に対して当時の自民党県連会長・蔵内勇夫氏から自民党県議団へ移るよう話があり、井上氏からも連絡を受けたと記しています。ただし、これは神﨑氏が説明した自分自身の経緯であり、永川氏にも同じ働きかけがあったとまでは確認できません。

永川氏について確実に言えるのは、2023年の選挙を自民党公認で戦い、その直後に緑友会から自民党県議団へ移ったということです。

2019年の無所属出馬、緑友会所属という段階を経て、自民党公認と同党県議団所属が一致しました。永川氏の保守政治家としての立場が、党籍、選挙公認、議会会派の三つでそろった転換点です。

この時の会派再編の動きについては、井上忠敏とは何者か?|自民党県議団を離れ、戻った八女選出県議で詳しく整理しています。

古賀誠、藤丸敏につながる「福岡7区の保守本流」

永川氏がいう「保守本流」は、抽象的な理念だけではありません。大牟田を含む福岡7区の政治人脈と結びついています。

2023年の集会には、福岡7区を長く地盤とした古賀誠氏と、その後継に当たる藤丸敏氏が出席しました。藤丸氏は古賀氏の公設第一秘書を務めた人物です。

永川氏は、初当選後に藤丸氏から示された行動指針として、県議会での立場を固めること、県職員との関係をつくること、それを地域のために生かすことを挙げています。

ここでも中心にあるのは「パイプ」です。

商店街時代には地域と行政をつなぐ外部とのパイプ役を自任し、県議選では国・県・市のパイプを訴える。そして国政では古賀氏、藤丸氏の系譜につながる。永川氏の政治スタイルには、一貫して組織と組織の間をつなぐ発想があります。

一方で、「パイプ」はそれ自体が政策成果ではありません。誰とつながっているかだけでなく、その関係を使って大牟田へ何を持ち帰ったのかが、県議としての評価基準になります。

関連記事:古賀誠と蔵内勇夫――福岡県政を動かした二つの政治人脈

政策の軸①――豪雨と浸水対策

永川氏の県議会質問で、早い段階から大きな比重を占めたのが災害対策です。

2020年7月の豪雨では、大牟田市で広い範囲が浸水し、人的被害も発生しました。永川氏は同年12月の一般質問で豪雨災害への対応を取り上げ、翌2021年9月の代表質問でも、公共土木施設の復旧、河川のしゅんせつ、多様な避難方法、住民参加型の訓練、排水ポンプ車、堤防の点検、農業被害への支援などを問いました。

災害直後だけでなく、復旧と再発防止を継続して議会で扱っている点は確認できます。

大牟田では、豪雨対策は一過性のテーマではありません。住宅、農業、道路、河川、避難所運営をまたぐ課題です。市だけで完結せず、県の河川管理や土木予算と直結するため、県議の役割が見えやすい政策分野でもあります。

政策の軸②――中心市街地、中小企業、飲食・サービス業

永川氏の経歴が最も直接反映されているのは、地域経済をめぐる質問です。

2021年6月には、新型コロナウイルスの影響を受けた雇用と宿泊・飲食サービス業を質問。2022年2月には、SDGsを活用した中小企業振興と高校生の就職指導、同年6月には市街地再開発への支援を取り上げました。

公式サイトで掲げる政策にも、中心市街地活性化、地場企業支援、女性や若者が働ける環境づくり、観光資源の活用が並びます。

飲食店経営と商店街活動を経験した議員が、コロナ禍のサービス業、まちなか再生、中小企業の人材確保を扱う。ここには経歴と政策の分かりやすい連続性があります。

ただし、質問したことと、地域経済を実際に好転させたことは別です。中心市街地の再生は長期課題であり、個別事業の成果や雇用への効果まで追わなければ評価は定まりません。

政策の軸③――三池港と広域交通

2期目に入って繰り返し取り上げているのが三池港です。

2023年6月に重要港湾・三池港の利活用、2024年6月に三池港と大牟田港の利活用、2025年9月には三池港のコンテナ航路を質問しています。

2023年の立候補表明でも、有明海沿岸道路と三池港を組み合わせ、物流と観光の拠点として生かす考えを示しました。

炭鉱閉山後の大牟田にとって、三池港は産業史の遺産であると同時に、現在の企業立地や物流を支えるインフラです。有明海沿岸道路との接続を含めて考えれば、大牟田単独ではなく、荒尾、柳川、佐賀方面を結ぶ県境地域の政策になります。

永川氏は2024年9月に県境地域の振興も取り上げており、港、道路、県境を一体で捉えようとしていることが分かります。

スポーツと観光――ワンヘルスも地域資源に

永川氏はスポーツ団体や地域イベントでの経験を持ち、2022年12月にはスポーツによる地域・経済の活性化を質問しました。2025年6月には国際スポーツ団体、同年12月には欧州からの誘客を取り上げています。

2026年6月には、福岡県が推進するワンヘルスを修学旅行や観光に生かせないかと質問しました。県側は、モデルコースの造成や旅行会社への働きかけ、モニターツアーを進める考えを示しています。

永川氏の問いは、ワンヘルス政策そのものの予算や意思決定を検証する内容ではなく、すでに県が進めている政策を観光資源としてどう利用するかという立場です。

これは、イベント、スポーツ、観光を地域経済へつなげようとする永川氏らしい発想である一方、県の重点政策に対する検証役というより、活用を促す側に立つ質問だったとも言えます。

関連記事:福岡県のワンヘルス事業は何が凍結され、何が中止されたのか|服部知事の「ゼロベース見直し」を整理

2026年、蔵内勇夫議長への辞職勧告案「採決中止動議」に賛成

永川氏の県議としての立ち位置を見るうえで、2026年8月の投票は外せません。

福岡県議会では、蔵内勇夫議長に対する議長職の辞職勧告決議案が提出されました。これに対し、自民党県議が「決議案の採決を行わない」とする動議を提出。動議は賛成49、反対35で可決され、辞職勧告案そのものは採決されませんでした。

永川氏は、この採決中止動議に賛成しました。

注意が必要なのは、永川氏が辞職勧告案に反対票を投じたのではないという点です。賛否を決める採決そのものを行わない、という動議に賛成したのです。

結果として、蔵内氏の議長職辞職を求める決議案について、県議一人ひとりが正面から賛否を示す機会は失われました。永川氏がなぜ採決中止を支持したのか、個人としての詳しい説明は確認できません。

商店街時代から「外とのパイプ役」を掲げてきた永川氏にとって、組織内の調整は得意分野でしょう。しかし、県民の関心が高い局面では、組織内調整だけでなく、自分の判断を有権者へ説明することも県議の仕事です。

関連記事:蔵内勇夫氏は県政を去った後、何を残したのか

永川俊彦とは、どのような県議なのか

永川氏を一言で表すなら、大牟田の商店街と地域イベントで育った調整型の保守政治家です。

政治家になる前から、飲食業、青年会議所、観光協会、商店街、大蛇山まつりを通じて人と組織をつなぐ役割を担ってきました。その延長に、国・県・市のパイプを掲げる県議活動があります。

一方、その政治的な歩みは直線ではありません。

  • 2019年は、自民党員を掲げながら無所属で出馬
  • 自民党公認の現職を破って初当選
  • 初当選後は緑友会に所属
  • 2023年は自民党公認で無投票再選
  • 選挙後に緑友会から自民党県議団へ移動

この経過を見ると、永川氏は自民党と無関係な無所属議員から転じたのではありません。最初から保守本流を掲げ、地域での支持を足場にしながら、時間をかけて党公認と議会会派を一致させた政治家です。

政策では、豪雨対策、中心市街地、中小企業、飲食・サービス業、三池港、広域交通、スポーツ観光など、大牟田の課題に沿ったテーマを選んでいます。経歴と議会質問の間には一貫性があります。

今後の評価を分けるのは、「パイプ」を掲げるだけでなく、何を実現したかを数字と結果で示せるか。そして、県政の重要局面で会派の判断に従うだけでなく、自分の判断を大牟田の有権者へ説明できるかでしょう。

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