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古賀誠と蔵内勇夫の接点|筑後保守政治に見える県政の力

古賀誠と蔵内勇夫の関係 久留米の今
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福岡県議会をめぐる問題で、蔵内勇夫氏の名前がたびたび報じられています。

蔵内氏は筑後市選出の福岡県議会議員です。県議会議長、自民党福岡県連会長、日本獣医師会会長などを歴任し、福岡県政において強い影響力を持ってきた人物として知られています。

では、なぜ蔵内勇夫氏は、ここまで大きな力を持つようになったのでしょうか。

その背景を考えるうえで重要なのが、筑後地方の保守政治です。

とくに、旧福岡3区・福岡7区を地盤にした自民党の大物政治家、古賀誠氏との関係を見ると、蔵内氏の力の輪郭が見えてきます。

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古賀誠とは誰か

古賀誠氏は、福岡県南部を地盤にした自民党の大物政治家です。

衆議院議員を長く務め、運輸大臣、自民党国会対策委員長、自民党幹事長、自民党選挙対策委員長などを歴任しました。自民党内では宏池会に属し、国会運営や選挙、道路行政などに強い影響力を持った政治家として知られています。

古賀氏の政治を語るうえで欠かせないのは、中央政界での肩書きだけではありません。福岡県南部、つまり筑後地方に根を張った政治家だったという点です。

みやま市、柳川市、大川市、大牟田市、八女市、筑後市、久留米市周辺に広がる筑後地方は、福岡市や北九州市とは違う政治風土を持っています。都市部の風ではなく、地元組織、業界団体、後援会、農村部のつながりが重く残る地域です。

古賀誠氏は、まさにその筑後保守政治を代表する人物でした。

蔵内勇夫と古賀誠の接点

蔵内勇夫氏は筑後市を地盤とする県議会議員です。

一方の古賀誠氏は、筑後地方を代表する国政政治家でした。両者は、国政と県政という立場の違いこそありますが、同じ筑後地方の保守政治の中で力を持ってきた人物です。

この関係が表に見えた場面の一つが、2016年の衆議院福岡6区補欠選挙でした。

この選挙は、鳩山邦夫元総務大臣の死去に伴って行われたものです。鳩山邦夫氏の次男である鳩山二郎氏と、蔵内勇夫氏の長男である蔵内謙氏がともに無所属で出馬し、保守分裂選挙となりました。

この選挙は蔵内勇夫氏の政治力がどこまで通用するのかを試す選挙でもありました。

関連記事:蔵内勇夫とは何者か|福岡県議会の重鎮、ワンヘルス、海外視察問題まで

2016年福岡6区補選で古賀誠は蔵内謙を応援した

2016年福岡6区補選で、古賀誠氏は蔵内謙氏の応援に入りました。

2016年9月18日、麻生太郎(当時・副総理兼財務相)らとともに久留米・小郡地区で街頭演説を行い、自民党福岡県連が推薦していた蔵内謙氏を応援しています。

また、選挙戦中の10月16日には、久留米市の六角堂広場で蔵内謙氏の街頭演説会が行われ、麻生太郎氏と古賀誠氏が応援に入っています。

ここで重要なのは、蔵内謙氏が単なる新人候補ではなかったという点です。

蔵内謙氏は、蔵内勇夫氏の長男でした。そして蔵内勇夫氏は、当時すでに福岡県政・自民党福岡県連で大きな存在感を持っていました。

つまり2016年福岡6区補選は、蔵内謙氏本人の選挙であると同時に、父である蔵内勇夫氏が築いてきた政治的人脈と組織力が表に出た選挙でもありました。

そこに古賀誠氏が応援に入っていたことは、蔵内家が筑後保守政治の中で無視できない位置にあったことを示しています。

関連記事:蔵内勇夫はなぜ鳩山二郎に対抗したのか|麻生太郎も絡んだ2016年福岡6区補選

蔵内勇夫の力は「県議会だけ」で生まれたものではない

蔵内勇夫氏の力を考えるとき、県議会内の役職だけを見ても全体像は見えません。

もちろん、県議会議長や自民党県連会長といった役職は重要です。しかし、それだけでは、なぜ一人の県議がこれほど大きな存在感を持つのかは説明しきれません。

蔵内氏の力は、いくつもの層が重なってできています。

まず、筑後市という地元地盤があります。

次に、自民党福岡県連での立場があります。

さらに、県議会内での長年の経験と人脈があります。

そしてもう一つ、筑後地方に根を張る保守政治の流れがあります。

この保守政治の流れを、県議会の外側に広がる組織として見るうえで重要なのが「九州の自立を考える会」です。

蔵内勇夫氏はこの会で長く中心的な立場にあり、県議、市町村長、経済界などを結ぶ広域ネットワークを形づくってきました。

その詳しい構造については、こちらの記事で整理しています。

関連記事:なぜ蔵内勇夫は福岡県政で力を持ったのか|「九州の自立を考える会」という組織

麻生太郎、古賀誠、蔵内勇夫という線

2016年福岡6区補選では、麻生太郎氏も蔵内謙氏の応援に入りました。

麻生氏は福岡県飯塚市を地盤とする国政の大物です。古賀誠氏は筑後地方を代表する国政の大物でした。そして蔵内勇夫氏は、筑後市を地盤に県政で力を持つ人物でした。

この三者が、蔵内謙氏の選挙で重なったことは重要です。

もちろん、選挙結果としては鳩山二郎氏が当選しました。蔵内謙氏は敗れました。

しかし、負けたからといって、その選挙に意味がなかったわけではありません。むしろこの選挙は、蔵内家がどのような政治的支援を受けていたのかを可視化した選挙でした。

麻生太郎氏が応援に入る。

古賀誠氏が応援に入る。

自民党福岡県連が推薦する。

この構図を見ると、蔵内勇夫氏が県政の中で孤立した一県議ではなく、福岡県内の保守政治の中枢に近い場所にいたことがわかります。

一方で、麻生氏と蔵内氏の関係は、この補選だけで始まったものではありません。

2011年福岡県知事選までさかのぼると、両者の距離感や福岡県政内の力学がより見えてきます。

詳しくは、麻生太郎氏と蔵内勇夫氏の関係を2011年知事選から整理したこちらの記事で解説しています。

関連記事:麻生太郎と蔵内勇夫の関係はどう変わったのか|2011年福岡県知事選から現在まで

古賀誠を見ると、筑後政治の厚みが見える

古賀誠氏は、すでに現役の国会議員ではありません。

しかし、古賀氏の存在を抜きにして筑後地方の保守政治を語ることはできません。

古賀氏は、中央政界で自民党幹事長まで務めた人物でありながら、地元である福岡県南部との結びつきを保ち続けました。道路や交通インフラ、地方振興、地元組織との関係などを通じて、筑後地方に強い影響を残した政治家です。

蔵内勇夫氏を見るときも、この筑後政治の厚みを見なければなりません。

単に「県議会のドン」という言葉だけでは、蔵内氏の力の背景は見えません。

なぜ筑後市選出の県議が、福岡県政で大きな存在感を持ったのか。

なぜ長男の国政挑戦に、麻生太郎氏や古賀誠氏が応援に入ったのか。

なぜ福岡6区補選が、ここまで大きな保守分裂選挙になったのか。

その答えは、蔵内家だけを見てもわかりません。古賀誠氏を含む筑後保守政治の流れを見ることで、ようやく輪郭が見えてきます。

この流れは、宏池会という視点から林芳正総務大臣にもつながります。蔵内勇夫氏の長男・蔵内謙氏は、2016年福岡6区補選に出馬する前、林芳正氏の秘書を務めていました。

林総務大臣の発言と、宏池会・古賀誠氏・蔵内謙氏の接点については、こちらの記事で詳しく整理しています。

関連記事:林芳正と蔵内勇夫はどんな関係なのか

まとめ:蔵内勇夫を読むには、筑後保守政治を見る必要がある

蔵内勇夫氏は、福岡県議会の中だけで力を持った人物ではありません。

筑後市という地元地盤。

自民党福岡県連での立場。

県議会での長年の経験。

獣医師会などの業界団体との関係。

そして、古賀誠氏や麻生太郎氏、また林芳正氏のような国政政治家との接点。

これらが重なったところに、蔵内勇夫氏の政治力があります。

2016年福岡6区補選で古賀誠氏が蔵内謙氏を応援したことは、その一端を示す出来事でした。

蔵内家対鳩山家という選挙の構図だけを見ると、これは一度きりの保守分裂選挙に見えます。

しかし、古賀誠氏との関係から見ると、この選挙はもっと深い意味を持ちます。

現在、蔵内氏をめぐる問題が注目されています。

しかし、その人物像を理解するには、疑惑や県議会内の動きだけを見るのでは不十分です。蔵内勇夫氏がなぜ力を持ったのか。その背景には、筑後地方に長く続いてきた保守政治の地層があります。

古賀誠氏との関係は、その地層を読むための重要な手がかりです。

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