福岡県が重点政策として進めている「ワンヘルス」。
人、動物、環境の健康を一体的に考える理念だが、福岡県内で政策が広がってきた過程をたどると、一人の政治家、獣医師の名前が繰り返し登場する。
福岡県議会議員の蔵内勇夫氏である。
蔵内氏は、日本獣医師会、アジア獣医師会連合(FAVA)、FAVAワンヘルス福岡オフィス、福岡ワンヘルス協議会など、複数のワンヘルス関連組織で役職を務めてきた。
また、獣医師団体とは性質が異なる「九州の自立を考える会」でも、設立時から初代会長を務めた。
それぞれは別の組織だが、団体の設立時期と蔵内氏の役職就任時期を並べると、獣医師業界で進められてきたワンヘルスが、国際組織、福岡県政、経済界へ広がっていった流れが見えてくる。
蔵内勇夫氏と関係団体の時系列
| 年月日 | 団体・出来事 | 蔵内勇夫氏の役職・関係 |
|---|---|---|
| 2011年9月15日 | 九州の自立を考える会が設立総会を開催 | 初代会長に就任 |
| 2013年6月27日 | 日本獣医師会が新役員を選任 | 日本獣医師会会長に就任 |
| 2016年11月 | 北九州市でワンヘルスに関する国際会議 | 日本獣医師会会長として関与 |
| 2020年12月 | 福岡県ワンヘルス推進基本条例が成立 | 福岡県議、日本獣医師会会長 |
| 2022年11月9日 | FAVA会長引継ぎ式、日本事務所設立に向けた覚書調印 | FAVA会長に就任 |
| 2023年8月 | FAVAワンヘルス福岡オフィスがアクロス福岡に開設 | 同オフィス所長 |
全国組織の日本獣医師会
蔵内氏とワンヘルスの関係を考えるうえで、最初の基盤となるのが日本獣医師会である。
日本獣医師会は、全国の地方獣医師会を束ねる獣医師の全国組織だ。
2013年6月27日に開かれた通常総会と、その後の理事会で新しい役員が選任され、蔵内氏は会長に就任した。
蔵内氏は日本獣医師会会長として、動物の診療や家畜防疫にとどまらず、人の医療、環境、野生動物、感染症対策を一体的に扱うワンヘルスを主要な政策課題として掲げてきた。
福岡県内で始まったように見えるワンヘルス政策も、その流れをたどれば、全国の獣医師会組織を舞台にした活動と深く結び付いている。
2016年の国際会議と「福岡宣言」
福岡県のワンヘルス政策における重要な節目が、2016年11月に北九州市で開かれた国際会議である。
世界獣医師会と世界医師会が参加した会議では、医師と獣医師が連携して感染症対策などに取り組む方針を示す「福岡宣言」が採択された。
当時、蔵内氏は日本獣医師会会長の立場にあった。
この国際会議によって、獣医師業界で推進されていたワンヘルスは、福岡県の地名と結び付いた国際的な政策理念として発信されることになった。
その後、福岡県が条例を制定し、関連施設を整備していく際にも、2016年の国際会議と福岡宣言が政策の原点として位置付けられている。
福岡県の条例成立で行政政策へ
2020年12月、福岡県議会は「福岡県ワンヘルス推進基本条例」を制定した。
これにより、ワンヘルスは獣医師会や医師会による理念や運動から、県が予算や事業を通じて推進する行政政策へ移っていった。
蔵内氏はこの時点で、福岡県議会議員と日本獣医師会会長という二つの立場を持っていた。
全国の獣医師組織でワンヘルスを推進する一方、福岡県議会では条例や県政に関わる立場にあったことになる。
ただし、議員や関係団体の役職者であることだけを理由に、個別の政策決定や予算編成を蔵内氏一人の判断によるものとみなすことはできない。
重要なのは、獣医師団体側と県政側の双方に、同じ人物が異なる肩書で登場しているという事実である。
アジア獣医師会連合、FAVAの会長へ
次の転機は2022年である。
同年11月9日、福岡市でアジア獣医師会連合、FAVAの会長引継ぎ式が行われ、蔵内氏が会長に就任した。
同じ日には、FAVAの日本事務所となる「FAVAワンヘルス福岡オフィス」を福岡市内に設置するため、福岡県とFAVAの間で覚書が調印された。
日本獣医師会が国内の全国組織であるのに対し、FAVAはアジア各国・地域の獣医師団体を結ぶ国際組織である。
蔵内氏の活動基盤は、ここで日本国内からアジアへ拡大した。
FAVAワンヘルス福岡オフィス
FAVAワンヘルス福岡オフィスは2023年8月、福岡市中央区天神のアクロス福岡に開設された。
蔵内氏は同オフィスの所長を務めている。
オフィスは福岡県をはじめ、企業や個人からの支援を受けて開設され、ワンヘルスに関する情報発信、人材育成、アジア各国の活動の集約などを担う拠点とされている。
福岡県との覚書が先に結ばれ、その翌年に、県が関係するアクロス福岡内へ国際組織の事務所が開設された形だ。
所在地や設立経緯だけでなく、運営主体、職員体制、支援企業、収入と支出、福岡県からの補助金や委託事業の有無などについて、別記事で詳しく整理している。
関連記事:FAVAワンヘルス福岡オフィスとは|福岡県の支援と蔵内勇夫所長の役割
福岡ワンヘルス協議会
名称が似ているため混同しやすいが、「福岡ワンヘルス協議会」と、福岡県が設置する「福岡県ワンヘルス推進協議会」は別の組織である。
蔵内勇夫氏が会長を務める福岡ワンヘルス協議会は、入会制度や会員専用ページを設け、県民や企業、団体にワンヘルスを広める会員制の普及組織である。
正確な設立年月日は公表されていない。ただし、公式サイトの会員向けアーカイブには2021年9月分の記事が確認できる。
2022年2月に柳川高校で行われた勉強会では、今村和彦氏が協議会の事務局長として登場している。今村氏は当時、福岡県獣医師会専務理事でもあり、協議会の実務が県獣医師会の人的基盤と密接に結び付いていたことがうかがえる。
協議会は、学校でのワンヘルス教育、講演、イベント、メールマガジンなどを通じ、県の施策や日本獣医師会、FAVAなどの活動を発信してきた。
その一方、メールマガジンには蔵内氏の政経セミナーや選挙に関する話題も掲載されている。
現在、福岡ワンヘルス協議会とFAVAワンヘルス福岡オフィスは、所在地こそ異なるものの、同じ代表電話番号を掲載している。
福岡ワンヘルス協議会
〒810-0022
福岡市中央区薬院2丁目2番33号
OAS薬院ビル2階
FAVAワンヘルス福岡オフィス
〒810-0001
福岡市中央区天神1丁目1番1号
アクロス福岡13階
両組織の事務局機能が共有されている可能性はあるが、組織、会計、職員体制が一体なのかは公開資料から確認できない。
また、協議会の規約、役員名簿、総会資料、会員数、会費、事業報告、収支決算書なども一般には公開されていない。
組織運営の実態は今後の確認課題となる。
九州の自立を考える会
ワンヘルス関連組織の中で、やや異なる性質を持つのが九州の自立を考える会だ。
同会は獣医師団体でも医療団体でもなく、ワンヘルスそのものを目的として設立された組織でもない。2011年の発足時には、地方分権や広域行政、九州の成長戦略などを主な課題としていた。
しかし、近年はワンヘルスを主要な政策テーマの一つとして明確に押し出している。
2020年の広域行政セミナーでは、蔵内勇夫会長が、同会が再生可能エネルギーの促進とともに「人と動物、地球の環境を守るワンヘルス運動」を行っていると説明した。
2022年には、同会自身がワンヘルスを「新たな成長戦略」と位置付け、福岡県議会や福岡県と連携して、その実践を進めていると公表した。同年には、ワンヘルスセンターへの支援や関連法整備などを国へ要請したことも報告している。
さらに2024年には、福岡県ワンヘルス国際フォーラムに合わせて県民講座を開催し、蔵内氏が座長を務め、服部誠太郎知事らが参加した。ワンヘルスは、会員向けの政策提言だけでなく、県民への普及啓発活動にも広がっている。
このため、九州の自立を考える会は、設立当初からのワンヘルス専門団体ではないものの、近年はワンヘルスを九州の成長や社会基盤に関わる政策として位置付け、地方議員、自治体、経済界へ広げる役割を担っているとみられる。
人と活動が重なるワンヘルス関連団体
ここまでの関係を整理すると、各組織は法律上、制度上は別の団体であり、それぞれ異なる役割を掲げている。
日本獣医師会は国内の獣医師業界をまとめる全国組織、FAVAはアジア各国・地域の獣医師団体を結ぶ国際組織である。
FAVAワンヘルス福岡オフィスは、FAVAの日本事務所として国際連携や情報発信を担い、福岡ワンヘルス協議会は、会員や県民、企業などへの普及啓発を行っている。
九州の自立を考える会は、地方議員、自治体、経済界などを結ぶ政治・地域政策側のネットワークである。
ただし、各組織の境界は、活動の実態まで完全に分かれているわけではない。
蔵内勇夫氏は、それぞれの組織で会長、所長、名誉会長などを務めてきた。福岡ワンヘルス協議会は蔵内氏のFAVAや日本獣医師会での活動を発信し、九州の自立を考える会もワンヘルス県民講座を開催している。
また、福岡ワンヘルス協議会とFAVAワンヘルス福岡オフィスは、所在地は異なるものの、公式サイト上で同じ電話番号を掲載している。
このため、各団体は形式上別組織でありながら、中心人物、事務連絡、情報発信、講演や普及事業など、複数の面で活動が重なっているとみるのが自然だ。
一方で、資金、職員、会計、意思決定まで一体化していることが確認されたわけではない。
どこまでが共同運営で、どこからが別組織としての活動なのかは、規約、役員名簿、事業報告書、決算資料などを確認する必要がある。
時系列から見えるワンヘルス政策の拡大
時系列で見ると、蔵内氏とワンヘルスをめぐる動きは、次のような順序で進んできた。
まず、九州の自立を考える会の会長に就任し、地方議員や自治体、経済界を結ぶ九州規模のネットワークを形成した。
その後、日本獣医師会という全国組織の会長に就任する。
次に、医師会や国際獣医師団体と連携し、福岡でワンヘルスの国際会議を開催する。
その後、福岡県が条例を制定し、ワンヘルスを正式な県政課題に位置付ける。
さらに、蔵内氏がFAVA会長となり、福岡市内にFAVAの日本事務所が設置される。
獣医師業界の理念として進められてきたワンヘルスが、国際会議、県条例、行政事業、国際拠点へと段階的に広がってきた構図である。
現在のワンヘルス政策は、蔵内氏だけによって進められているものではない。
福岡県は服部誠太郎知事の下で条例に基づく事業や施設整備を進め、福岡市も高島宗一郎市長の下で県と連携し、舞鶴公園へのワンヘルスパーク設置などに取り組んでいる。
蔵内氏が推進の中心人物の一人であることは確かだが、現在では県、市、関係団体、企業などを巻き込んだ行政施策へ広がっている。
問われるのは組織間の資金と意思決定
今後確認すべきなのは、肩書の多さだけではない。
各団体に対し、福岡県や関係自治体から、どのような補助金、負担金、委託費が支出されているのか。
団体の事務局はどこに置かれ、職員や役員を誰が選んでいるのか。
県の条例、計画、施設整備、イベント開催に際し、各団体がどの段階で提案や協議に参加したのか。
FAVAワンヘルス福岡オフィスの設置や運営に、福岡県がどの程度関与しているのか。
これらを公文書、予算書、事業報告書、法人登記などで確認することで、蔵内氏を中心に形成されたワンヘルス関連組織の実像が、さらに明確になる。
複数の団体名を並べるだけでは、関係は見えにくい。
しかし、設立日、役職就任日、条例制定日、事務所開設日を一本の時間軸に置けば、福岡県のワンヘルス政策がどのように形成され、拡大してきたのかが浮かび上がる。
FAVAワンヘルス福岡オフィスについては、こちらの記事で詳しく整理している。
また、蔵内氏自身はどのような経歴を持ち、福岡県政でどのように影響力を築いてきたのか。
詳しくは、こちらの記事で詳しく整理している。
