久留米市にあります郷学の森を知っていますか。
えっ??
どこだっけ??
郷学の森といわれてもピンとこない方が多いかもしれません。
五穀神社と科学館の間と言ったら、「ああ、あそこか」となることでしょう。
実は、この郷学の森には、久留米市を代表する偉人の胸像が立ち並んでいるのです。
今回は、そんな郷学の森に立ち並ぶ銅像を完全ガイドします。
久留米市郷学の森にある銅像は誰?
五穀神社と郷学の森の境目は、曖昧です。
科学館側の広場には、「なに、これ!?」みたいなパルテノン宮殿のような、大きな建造物があります。
この建造物もそうですが、郷学の森は、イマイチ区切りや用途がわからない空間になっています。
ただ、石碑があることで、「ああ、ここは郷学の森なんだな」とわかる感じです。
石碑には、以下のように書かれています。
郷学の森
郷土久留米の発展に貢献した先達の像を建て、後進を導き、励ますため、緑なすこの聖地を郷学の森と呼称する。
昭和五十五年六月
久留米市長 近見敏之
ここで、「あの銅像は何なんだろう??」という疑問の答えがわかります。
久留米の発展に貢献した方の銅像なのです。
それでは、順番に、それぞれの銅像について見ていきましょう。
井上伝女
まずは、井上伝さんの銅像になります。
井上伝さんは、久留米を代表する工芸品・久留米絣の考案者になります。
田中久重翁
次に、田中久重さんの像があります。
田中久重さんは、東芝の前身である芝浦製作所の創業者として活躍され、日本を代表する発明家の方になります。
五穀神社の記事でも書いていますが、少年時代から五穀神社の祭りなどで自作の発明品を披露していたそうです。
中島平太郎翁
中島平太郎さんの銅像になります。
中島平太郎さんは、デジタルオーディオ技術の第一人者であり、日本を代表する技術者の方になります。
NHKでは世界初のデジタル録音機を、ソニーでは世界初のCDプレーヤーを発売して、CDの父の異名を持っています。
石橋徳次郎翁
次は、石橋徳次郎さんの像になります。
石橋徳次郎さんは、ブリジストン創業者・石橋正二郎さんの兄になります。
1938年、久留米市長に就任しています。
石橋正二郎翁
次は、石橋正二郎さんになります。
石橋正二郎さんは、世界を代表するタイヤメーカー・ブリジストン創業者として有名です。
石橋文化センターを建設し、久留米の文化向上の為に多大なる尽力をしています。
倉田泰蔵翁
次は、倉田泰蔵(たいぞう)さんになります。
倉田泰蔵さんは、つちや足袋の創業者・倉田雲平の次男であります。
つちや足袋を、日本有数の靴メーカーへ大発展させた功績があります。
つちや足袋は、現在のムーンスターになります。
楢橋渡先生
最後は、楢橋(ならはし)渡さんの銅像になります。
楢橋渡さんは、政治家の方で、国務大臣・運輸大臣を歴任しています。
元々、筑豊の炭鉱夫から、弁護士になり、大臣になったスゴイ経歴の持ち主になります。
怪物という異名を持っていたとのことです。
以下に、碑文を紹介します。
楢橋渡先生は郷土が生んだ大政治家である。
苦学励行し、弁護士となり、更に中央政界に進み、法制局長官、国務大臣、運輸大臣を歴任す。
炎の政治家といわれ、常に庶民の中にあり、斗志と情熱を以て国家と郷土の発展に力を尽くす。
まとめ
今回は、久留米市・郷学の森に建つ銅像を紹介しました。
あの銅像は、久留米出身の方で、郷土・久留米に貢献した人物たちの胸像になります。
さしずめ久留米の偉人・7人衆といったところでしょうか。
たまに、散歩の途中でも見ると、心が引き締まります。
偉人たちは、現在でも、久留米市を見守っているようです。
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