久留米市御井町、高良山の麓にひっそりと鎮座する高樹神社(たかきじんじゃ)。
この神社は現在、筑後国一宮として知られる高良大社のすぐ下にあります。
しかし神社の由緒によれば、もともとこの神は高良山の山上に祀られていた地主神でした。
つまり現在の高良大社の場所には、もともと高樹神社の神が鎮座していたという伝承があります。
ではなぜ、その神は山上から麓へ移ったのでしょうか。
そこには
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高良大社の成立
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筑紫君磐井
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物部氏
など、筑後の古代史に関わる大きな謎が潜んでいる可能性があります。
今回は高良大社の麓に鎮座する高樹神社を実際に訪れ、その歴史を探ってみました。
高樹神社の場所とアクセス
高樹神社は、久留米市御井町にあります。
場所としては高良大社へ向かう参道の入口付近です。
星野珈琲などがある道路から高良大社へ向かう道を進むと、すぐに最初の駐車場があります。
そこから徒歩数分の場所に、高樹神社は鎮座しています。
鳥居
高良大社へ向かう道を入ると、すぐに鳥居が見えてきます。

文字はかなり消えかけていますが、確かに「高樹神社」と刻まれています。

参道を少し登ると、小さな境内に到着します。
高樹神社の由緒
境内には案内板があり、そこには次のように記されています。

高樹神社略歴
祭神
高皇産霊神(たかみむすひのみこと)
この神は、日本神話における造化三神の一柱です。
案内板にはさらに重要なことが書かれています。
この神はもともと
高良山の地主神
であり、山上に祀られていたというのです。
しかしある時、高良の神が「一夜の宿を貸してほしい」と頼みました。高樹神がそれを許したところ、高良の神は神籠石で結界を張り、そのまま山上に鎮座したと伝えられています。
その結果、高樹神は山上へ戻れなくなり現在の場所へ移されたとされています。
小さな境内と狛犬
境内には小さな狛犬があります。

向かって右側の狛犬

向かって左側の狛犬
一見すると普通の狛犬ですが、実はこの狛犬は享保9年(1724年)に奉納されたものとされています。
筑後地方では最古級の石造狛犬と言われています。
本殿
境内の奥には小さな本殿があります。

規模としては決して大きくありません。
しかしどこか古い神社特有の威厳を感じます。
奥の宮
境内の奥には奥の宮があります。


ただし現在は、かなり荒れた状態になっていました。
高良大社が筑後国一宮として多くの参拝者を集める一方、その麓にある高樹神社は、静かに時を過ごしているようです。
高樹神社と高良大社の関係
高樹神社の最大の謎は、高良大社との関係です。
伝承では
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高樹神=もとの地主神
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高良の神=後から来た神
とされています。
つまり、高良大社は後から成立した可能性があります。
磐井の乱との関係
この地域は、古代史の大事件
磐井の乱(527年)
の舞台でもあります。
筑紫君磐井は、現在の八女市にある
を中心に筑紫地方を支配していたと考えられています。
もし磐井が当時の筑紫の王であったなら、高良山の神社とも何らかの関係があった可能性があります。
この点については、次の記事でも考察しています。
高樹神社の神は誰なのか
案内板によれば祭神は、高皇産霊神です。
しかし歴史を考えると、別の可能性も見えてきます。
例えば
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磐井勢力の神
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物部氏の神
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地元豪族の神
などです。
筑後の古代史は、まだ分からないことが多く、神社の伝承の中にも歴史の断片が残っているのかもしれません。
まとめ
高良山の麓に鎮座する高樹神社。
この神社は
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高良大社の地主神
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高良山の元の神
とも言われています。
もしこの伝承が事実であれば、筑後の信仰の中心が途中で変わった可能性もあります。
久留米周辺には
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岩戸山古墳
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大善寺玉垂宮
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御塚・権現塚古墳
など、古代筑後の歴史を示す史跡が数多く残されています。
高樹神社もまた、その古代史の謎を解く鍵の一つなのかもしれません。
久留米ジャーナルでは、筑後の古代史を現地取材で紹介しています。
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