北九州市長を務める武内和久氏。
北九州の政治家という印象が強い人物ですが、久留米との接点があります。
武内氏は久留米大学附設中学校・高校の出身です。
附設から東京大学法学部へ進学し、厚生省に入省。その後は外資系コンサルタントやテレビコメンテーターなどを経て政治の世界に入りました。
2019年には自民党推薦で福岡県知事選に立候補して敗北。しかし4年後の2023年、今度は政党推薦を受けずに北九州市長選へ挑み、初当選しています。
この記事では、久留米大学附設時代から北九州市長になるまで、武内和久氏の経歴をたどります。
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武内和久とは
武内和久氏は1971年4月19日生まれ。
本人の公式サイトによると、佐賀県で生まれました。
両親は大分県出身で、父親はダムの管理などを担当する公務員でした。そのため転勤が多く、武内氏は幼少期に佐賀、大分、熊本、福岡と九州各地を移り住んでいます。
ダムの近くや山間部で暮らすことも多く、公務員宿舎では近隣住民や高齢者とも日常的に交流していました。武内氏自身は、こうした環境を、さまざまな世代の人と話せるようになった原点の一つとして振り返っています。
その後は福岡市西区の大町団地で育ち、石丸小学校へ通いました。
小学校卒業後の1984年、久留米大学附設中学校へ進学。学校の寄宿舎「扶桑学寮」に入り、中学・高校時代を久留米で過ごしたとされています。
武内氏にとって久留米は、単に学校へ通った場所ではなく、10代の6年間を過ごした土地だったことになります。
北九州市の公式プロフィールによると、1994年に東京大学法学部を卒業して厚生省へ入省。2015年に厚生労働省を退職した後、アクセンチュア、マッキンゼー・アンド・カンパニーなど民間企業へ移りました。
2023年2月20日に北九州市長へ就任し、2026年9月現在も市長を務めています。
主な経歴を並べると、
- 久留米大学附設中学校・高校
- 東京大学法学部
- 厚生省(現在の厚生労働省)
- アクセンチュア
- マッキンゼー・アンド・カンパニー
- 九州朝日放送コメンテーター
- 2019年福岡県知事選に立候補
- 2023年北九州市長選で初当選
という異色の経歴を歩んでいます。
久留米大学附設中学校・高校から東京大学へ
久留米ジャーナルとして注目したいのが、武内氏の学生時代です。
武内氏は久留米大学附設中学校・高校に進学しました。
本人の公式サイトによると、附設ではテニス部に所属。勉強では国語や古文・漢文が好きだったといいます。
高校2年生の夏に城山三郎の『落日燃ゆ』(Amazon)を読み、広田弘毅の生涯に触れたことが、官僚を目指すきっかけになったと振り返っています。
その後、東京大学文科一類に進学し、法学部を卒業しました。
附設出身の政治家としては、衆議院議員を務める古賀篤氏、参議院議員の大家敏志もいます。
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武内氏と古賀氏と大家氏の3人は、政治家として歩んだ道は異なりますが、「附設から政治の世界へ」という共通点があります。
厚生省に入省|医療・福祉行政を歩む
東京大学法学部を卒業した武内氏は1994年、厚生省に入省しました。
厚生労働行政では、介護、高齢者福祉、医療、年金、高齢者雇用、少子化対策などに携わったとしています。
官僚として約20年間勤務した後、2015年に厚生労働省を退職しました。
その後はアクセンチュア、マッキンゼー・アンド・カンパニーといったコンサルティング会社に勤務します。
さらに九州へ戻った後は、KBC『アサデス。』『シリタカ!』などでコメンテーターを務めました。
政治家になる前から、福岡ではテレビを通して武内氏を知っていた人も少なくありません。
2019年福岡県知事選へ|自民党推薦で立候補
武内氏が本格的に政治の世界へ足を踏み入れたのが、2019年の福岡県知事選でした。
武内氏は無所属ながら自民党の推薦候補として立候補しています。
当時の福岡県政では、自民党内でも現職・小川洋知事を支持する勢力があり、選挙は保守分裂の様相となりました。
そして、この選挙を考えるうえで外せないのが、当時の自民党福岡県連です。
県連会長を務めていたのが蔵内勇夫氏でした。
また、武内陣営の選挙対策本部長を務めたのが大家敏志参議院議員です。
つまり2019年の武内氏は、自民党本部の推薦を受け、県連や国会議員を含む組織的な支援の中で知事選を戦っていました。
関連記事:蔵内勇夫とは何者か?福岡県政で築いた影響力をたどる
小川洋知事に大差で敗れる
2019年4月7日に行われた福岡県知事選では、
- 小川洋氏 129万3648票
- 武内和久氏 34万5085票
- 篠田清氏 11万9871票
という結果になりました。
武内氏は現職の小川氏に大差をつけられて敗れています。
武内氏自身も後に、この選挙を大きな転機だったと振り返っています。
本人の公式サイトでは、知事選での敗北によって仕事や肩書を失った一方、その後の数年間で各地を回り、多くの人と会ったと説明しています。
そして4年後、再び大きな選挙に挑戦することになります。
2023年北九州市長選|今度は自民党推薦ではなかった
2023年の北九州市長選でも武内氏は立候補しました。
しかし、2019年の知事選とは政治的な構図が大きく変わっていました。
自民党側では当初、蔵内勇夫氏が北九州市選出の中尾正幸県議を候補として推す動きがありました。
中尾氏はRKBの取材に対し、蔵内氏から「お前で行く」という趣旨の話をされたことを明らかにしています。
なお、中尾氏はその後、2026年に福岡県議会の議長ポストをめぐる金銭授受疑惑で名前が挙がり、同年7月に県議を辞職しました。中尾氏本人は金銭を受け取ったことを否定しています。
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一方、北九州市議団側では元国土交通省官僚の津森洋介氏を推す動きが進みました。
最終的に中尾氏は立候補を断念し、自民党は津森氏を推薦します。
津森氏には自民、立憲、公明、国民民主が推薦を出しました。
つまり、2019年には自民党推薦候補だった武内氏が、2023年には自民党推薦候補と戦う側になったのです。
大家敏志は4年前とは逆の陣営へ
さらに象徴的なのが大家敏志氏です。
2019年の福岡県知事選では、大家氏は武内氏の選挙対策本部長を務めました。
ところが2023年北九州市長選では、大家氏は自民党推薦候補である津森洋介氏の選挙対策本部長を務めています。
武内氏自身も後に、2019年知事選で敗れた後、大家氏とは会っていなかったと発言しています。
2019年には同じ陣営だった武内氏と大家氏が、4年後には市長選で別陣営に分かれたことになります。
「過去の自分との決別」を掲げる
武内氏は2023年の市長選で、2019年知事選との違いを自ら語っています。
RKBの取材では、2019年について、組織や団体に頼れば選挙に勝てると考えていた自分からの「決別」という趣旨を説明しています。
2023年の選挙では「市民との対話400回以上」「街頭演説700回以上」を掲げ、政党推薦を受けない選挙戦を展開しました。
武内氏を支援した自民党市議もいました。
三原朝利氏、大石仁人氏らは自民党市議団から離れて新会派を結成し、武内氏を支援。末吉興一元北九州市長も武内氏を支えています。
2019年の知事選と2023年の市長選では、武内氏を取り巻く選挙の形が大きく変わっていました。
北九州市長選で初当選
2023年2月5日に投開票された北九州市長選では、
- 武内和久氏 12万6839票
- 津森洋介氏 11万2614票
- 永田浩一氏 2万8336票
- 清水宏晃氏 2万7788票
という結果となりました。
武内氏が津森氏を1万4225票上回り、北九州市長に初当選しました。投票率は38.50%でした。
2019年の福岡県知事選では自民党推薦を受けながら大差で敗北。
その4年後、自民党を含む4党が推薦した候補と戦い、市長の座を獲得したことになります。
武内氏は2023年2月20日、北九州市長に就任しました。
久留米大学附設から北九州市長へ
武内和久氏の経歴をたどると、
久留米大学附設中学校・高校
↓
東京大学法学部
↓
厚生省
↓
外資系コンサル
↓
テレビコメンテーター
↓
福岡県知事選
↓
北九州市長
という流れになります。
久留米との直接的な政治活動が多い人物ではありません。
それでも、附設時代に官僚を志し、その後、厚生官僚から政治の世界へ進んだことを考えると、久留米大学附設で過ごした6年間は武内氏の原点の一つといえます。
久留米大学附設からは、官僚や医師、研究者だけでなく、多くの政治家も輩出されています。
武内氏もまた、久留米で学生時代を過ごし、その後の福岡県政、そして北九州市政へとつながっていった人物の一人です。
