自民党には、人の健康、動物の健康、環境の健全性を一体で考える「ワンヘルス」を推進する議員連盟があります。
正式名称は「自由民主党ワンヘルス推進議員連盟」です。2023年3月に設立され、麻生太郎氏が最高顧問、林芳正氏が会長、武見敬三氏が会長代行に就きました。
一見すると、感染症対策や公衆衛生を話し合う全国的な議員組織に見えます。しかし、日本獣医師会の公表資料をたどると、設立時から福岡県の具体的な事業が国政への要請に組み込まれていたことが分かります。
要請には、九州への新たな感染症研究拠点の設置、福岡県が整備するワンヘルスセンターへの支援、FAVAワンヘルス福岡オフィスへの優遇措置などが明記されていました。
つまり、この議員連盟は抽象的な理念を広めるだけではありません。日本医師会、日本獣医師会、国会議員、関係省庁を結び、福岡で先行した構想を国の政策課題へ載せる経路にもなっていました。
この記事では、議員連盟の設立経緯と役員名簿、蔵内勇夫氏の立ち位置、福岡県の事業が国政へ持ち込まれた流れを、公開資料から整理します。
自民党ワンヘルス推進議員連盟とは
自由民主党ワンヘルス推進議員連盟は、2023年3月13日、自民党本部で設立総会を開きました。
日本獣医師会の記録によると、設立総会では古賀篤衆議院議員が司会を務め、発起人の林芳正氏、武見敬三氏、麻生太郎氏があいさつしました。規約案は全会一致で承認され、林氏が会長、武見氏が会長代行に選ばれています。
会合には厚生労働省、農林水産省、環境省の担当者も出席しました。日本医師会の松本吉郎会長、日本獣医師会の蔵内勇夫会長らも参加し、日本獣医師連盟側から具体的な要請内容が説明されました。
麻生氏は同年11月の総会で、日本医師会と日本獣医師会の双方から設立要望があり、3月に議員連盟が発足したと説明しています。
自民党の国会議員でつくる議員連盟であり、政府の省庁や審議会そのものではありません。その一方、複数の省庁を同じ場に集め、関係団体の要請を議員側の決議にまとめ、省庁へ対応を求める役割を担っています。
役員名簿|2023年11月時点
日本獣医師会が公表した2023年11月時点の役員名簿は次の通りです。
| 役職 | 氏名 |
|---|---|
| 最高顧問 | 麻生太郎 |
| 顧問 | 森英介、田中和徳、金田勝年、森山裕、宮沢洋一 |
| 会長 | 林芳正 |
| 会長代行 | 武見敬三 |
| 会長代理 | 松山政司 |
| 副会長 | 古川俊治、橋本岳、中西健治、大家敏志、中田宏 |
| 幹事長 | 山際大志郎 |
| 幹事長代理 | 井上貴博 |
| 副幹事長 | 藤丸敏、中村裕之、山田賢司、山田美樹、今枝宗一郎、羽生田俊、高橋克法 |
| 幹事 | 藤木眞也、畦元将吾、本田顕子、松本尚、山本啓介、田中昌史 |
| 事務局長 | 古賀篤 |
| 事務局次長 | 自見はな子 |
これは「2023年11月現在」と明記された名簿です。
その後については、古賀篤氏の公式資料が2025年1月時点でも同氏を事務局長と記載しています。また、日本獣医師会の2025年6月の通常総会では、武見敬三氏が会長代行として紹介されました。
一方、2023年11月以降の全役員を更新した包括的な名簿は、今回確認した公表資料では見つかりませんでした。※そのため、この名簿をそのまま「現在の役員」とするのではなく、確認できる基準日を付けて見る必要があります。
議連の中枢には福岡選出の国会議員が並ぶ
役員名簿を見ると、福岡県選出の国会議員が中枢に多く入っています。
| 議員 | 2023年11月時点の役職 | 福岡との関係 |
|---|---|---|
| 麻生太郎 | 最高顧問 | 衆院福岡8区 |
| 松山政司 | 会長代理 | 参院福岡選挙区 |
| 大家敏志 | 副会長 | 参院福岡選挙区 |
| 井上貴博 | 幹事長代理 | 衆院福岡1区 |
| 藤丸敏 | 副幹事長 | 衆院福岡7区 |
| 古賀篤 | 事務局長 | 衆院福岡3区 |
このほか、2023年11月の総会には福岡2区の鬼木誠氏も所属議員として出席していました。
人数が多いことだけで、議員連盟を「福岡のための組織」と決めつけることはできません。役員には全国各地の国会議員が入り、感染症、獣医療、環境政策など幅広い課題を扱っています。
ただし、福岡県の具体的な施設や団体への支援が要請事項に入り、その要請を受ける議員側にも福岡選出者が多かったことは、別々の事実ではありません。
副会長を務めた大家敏志氏と蔵内勇夫氏の関係や、事務局長として決議案を取りまとめた古賀篤氏の経歴とワンヘルスとの接点は、個別記事で詳しく整理しています。
蔵内勇夫氏は議連役員ではなく「要請する側」
蔵内勇夫氏は、福岡県議会議員を長く務める一方、日本獣医師会会長、当時のアジア獣医師会連合(FAVA)会長としてワンヘルスを推進してきました。
しかし、自民党ワンヘルス推進議員連盟の役員ではありません。国会議員でないためです。
蔵内氏が出席したのは、日本獣医師会を代表して国会議員側へ政策を要請する立場でした。
2023年3月の設立総会では、麻生、林、武見、古賀の各氏らに議連設立への謝意を述べたうえで、国会や国の役所に議論してもらうべき課題が明らかになったと説明しています。同年11月の総会でも、政治と行政の両面からの支援を求めました。
構図を整理すると、次のようになります。
- 日本医師会と日本獣医師会がワンヘルス推進を求める
- 自民党の国会議員が議員連盟を設立する
- 関係省庁が取り組み状況を説明する
- 蔵内氏ら関係団体側が具体策を要請する
- 古賀篤事務局長が決議案を説明し、議員側が了承する
- 議連事務局が決議を省庁へ示し、回答を調整する
これは、蔵内氏が議員連盟を直接指揮していたという意味ではありません。確認できるのは、蔵内氏が獣医師会側の要請者となり、林氏らが議員側で受け止め、古賀氏が事務局として取りまとめたという役割分担です。
蔵内氏が県政、獣医師会、国政との間に築いた接点については、蔵内勇夫氏の国政人脈を検証した記事で詳しく紹介しています。
日本獣医師会は何を要請したのか
日本獣医師会と日本獣医師連盟は、議員連盟の設立日である2023年3月13日付で、議連会長宛てに「ワンヘルス施策の推進について」と題する要請書を提出しました。
主な内容は次の通りです。
| 要請項目 | 内容 |
|---|---|
| 動物感染症研究の拡充 | 農研機構の動物衛生研究部門が、家畜・家禽だけでなく、愛玩動物や野生動物も調査研究できる体制を整える |
| 人と動物の研究機関の連携 | 人の感染症研究を担う機関と動物衛生研究部門を結び、分野横断の危機管理体制をつくる |
| 九州への国の研究拠点 | 「アジア新興・人獣共通感染症センター(仮称)」を九州に設置する |
| 福岡県の拠点を支援 | 福岡県が先行するワンヘルスセンターの設置を国が支援する |
| FAVA福岡オフィスを支援 | 日本獣医師会とFAVAの活動を支え、福岡オフィスにWOAHアジア太平洋地域代表事務所に準じる優遇措置を付与する |
| 地域の獣医療を拡充 | 「かかりつけ動物病院」を軸に、高齢者を含む飼い主と動物を支える地域包括ケアを構築する |
| ワンヘルス教育 | 学校動物飼育や学校獣医師の位置付けを含む教育施策を進める |
この要請書は、国全体の感染症危機管理と、福岡県内の具体的な事業を一つの政策パッケージにしています。
同年10月以降にも、日本獣医師会と日本獣医師連盟は林芳正会長や関係議員へ要請を重ねました。2023年11月7日の第2回総会では、関係省庁の説明と関係団体の要請、意見交換を経て、古賀氏が決議案を説明し、出席議員全員が了承しました。議事概要には、決議を各省庁へ提示し、回答について議連事務局が相談すると記録されています。
ただし、公表された議事概要には決議文の全文が掲載されていません。要請書の文言と議連決議の文言がすべて同一だったとまでは断定せず、「どの要請が出され、議連がどのような手続きで省庁へつないだのか」を分けて見る必要があります。
国政へ持ち込まれた三つの福岡関連構想
要請の中でも、福岡県との結び付きが特に強いのは三つです。
九州への「アジア新興・人獣共通感染症センター」
一つ目は、国の機関として「アジア新興・人獣共通感染症センター(仮称)」を九州に設置する構想です。
名称から分かる通り、福岡県だけの施設ではなく、アジアで発生する新興・再興感染症を視野に入れた国の研究・危機管理拠点として要望されています。
ただし、要請書に記載され、議連で議論されたことと、国の機関として設置が決定したことは同じではありません。要請後も、日本獣医師会は同趣旨の要望を繰り返しており、少なくとも公表資料上は継続課題として扱われています。
福岡県ワンヘルスセンターへの支援
二つ目は、福岡県がみやま市で整備するワンヘルスセンターへの支援です。
要請書は、保健環境研究所と動物保健衛生所が連携し、家畜だけでなく愛玩動物や野生動物も対象にする拠点として、福岡県の先行事例を明記しました。
つまり、みやま市の施設は県単独の行政施設として進んだだけではありません。日本獣医師会の全国要望に組み込まれ、自民党議連と関係省庁が向き合う国政上の課題にもなりました。
施設の内容、総事業費、建設地の経緯については、福岡県ワンヘルスセンターを検証した記事で整理しています。
FAVAワンヘルス福岡オフィスへの優遇措置
三つ目は、福岡市のアクロス福岡に置かれたFAVAワンヘルス福岡オフィスへの支援です。
要請書には、日本獣医師会やFAVAの活動支援に加え、同オフィスへ国際獣疫事務局(WOAH)のアジア太平洋地域代表事務所に準じる優遇措置を与えることが盛り込まれました。
どのような税制、財政、制度上の扱いを「優遇措置」と想定していたのかは、公表された要請書だけでは明確ではありません。それでも、福岡県が支援するオフィスについて、国レベルの特別な扱いまで求められていた点は重要です。
同オフィスの設立経緯、公費支援、蔵内氏の所長としての役割は、FAVAワンヘルス福岡オフィスを検証した記事で詳しく取り上げています。
「要請」「決議」「実現」は分けて考える必要がある
議員連盟の活動を見るとき、最も注意したいのが言葉の段階です。
| 段階 | 意味 |
|---|---|
| 要請 | 医師会、獣医師会などが議員や省庁に政策を求める |
| 議連決議 | 所属議員が政治的な方針として取りまとめる |
| 政府方針 | 政府が計画、制度、予算方針などへ位置付ける |
| 実現 | 法改正、予算化、組織新設、施設整備などが実際に行われる |
議連が決議したからといって、直ちに法律が成立したり、予算が付いたりするわけではありません。反対に、法的な決定権を持たないから議連の活動に意味がないわけでもありません。
議連は、複数省庁にまたがる課題を政治課題としてまとめ、行政へ回答を求める窓口になります。ワンヘルスのように厚生労働、農林水産、環境、外務、総務など多くの省庁が関係する政策では、その調整機能が大きな意味を持ちます。
だからこそ、記事や政治家の発信で「国が支援した」「国策になった」と表現する場合には、要請、議連決議、政府決定、予算執行のどこまで進んだのかを確認する必要があります。
議連はその後も確認できるが、全体像の公開は限られる
日本獣医師会の事業報告を見ると、2024年度以降も、動物感染症研究の体制整備、九州への感染症センター、福岡県のワンヘルスセンター、FAVA福岡オフィスへの支援など、同じ柱の要望が続いています。
また、2025年1月の古賀篤氏の公式資料には議連事務局長と記載され、2025年6月の日本獣医師会通常総会では武見敬三氏が議連会長代行として出席しています。議員連盟の存在と一部役員の活動は、その後も確認できます。
一方で、総会の開催状況、決議に対する各省庁の回答、要請事項ごとの進捗、更新後の全役員名簿は、一般の読者が一か所で確認できる形にはなっていません。
政策を推進する議員連盟である以上、誰が所属し、何を決議し、政府がどう答え、どの施策にいくらの公費が動いたのかを継続的に示すことが求められます。
福岡県のワンヘルス政策を見るうえで何が重要か
自民党ワンヘルス推進議員連盟の資料から見えるのは、福岡県の政策が県内だけで完結していなかったという事実です。
福岡県や獣医師会で先行した構想が、日本獣医師会の全国要望に組み込まれ、国会議員の議連へ渡り、関係省庁への決議と回答要請につながりました。
その過程では、次の役割分担が確認できます。
- 蔵内勇夫氏ら日本獣医師会側が政策を要請する
- 林芳正氏が議連会長として議論を進める
- 麻生太郎氏が最高顧問として設立と推進を支える
- 古賀篤氏が事務局長として決議を取りまとめる
- 大家敏志氏、藤丸敏氏、井上貴博氏ら福岡選出議員が役員に入る
- 厚生労働省、農林水産省、環境省などが説明し、回答を求められる
この構造を確認することと、個々の事業の妥当性を判断することは別です。ワンヘルスの理念が必要かどうかだけでなく、福岡県の施設整備や団体支援にどのような効果があり、どこまで国費や県費を投じるべきかを具体的に検証する必要があります。
林氏と蔵内氏の接点は、林芳正氏と蔵内勇夫氏の関係を整理した記事で取り上げています。また、福岡県による事業見直し後も国政側に残る論点は、ワンヘルスを推進した国会議員の説明責任を問う記事で詳しく検証しています。
まとめ|福岡の構想を国政へ運んだ議員連盟
自由民主党ワンヘルス推進議員連盟は、2023年3月、日本医師会と日本獣医師会からの要望を受けて設立されました。
最高顧問は麻生太郎氏、会長は林芳正氏、事務局長は古賀篤氏です。2023年11月時点の役員には、松山政司、大家敏志、井上貴博、藤丸敏の各氏ら、福岡選出の国会議員が多く含まれていました。
蔵内勇夫氏は議連役員ではなく、日本獣医師会会長として要請する側にいました。その要請には、九州への感染症研究拠点、福岡県ワンヘルスセンター、FAVAワンヘルス福岡オフィスという、福岡に直結する構想が明記されています。
その後、議連は関係省庁の説明を受け、決議を取りまとめ、省庁へ提示する流れをつくりました。
ここから分かるのは、福岡県のワンヘルス政策が一人の県議や一つの自治体だけで進められたものではないということです。獣医師会、国会議員、複数省庁が接続する政策形成の仕組みがありました。
今後問われるのは、その仕組みを通じて何が実現し、何が未実現なのか。そして、福岡県民や国民が負担する公費に見合う成果が示されているのかです。
自民党議員連盟は、福岡県で進められた構想を国会議員や関係省庁へつなぐ経路の一つでした。福岡宣言から条例、巨大施設、関連団体、2026年の見直しまでを含む全体像は、福岡県のワンヘルスとは何だったのかで総括しています。

