久留米工業大学とは?歴史から現在まで|自動車とものづくりを支えてきた大学

久留米工業大学とは 久留米の今
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久留米市には、久留米大学、久留米工業大学、聖マリア学院大学という複数の大学があります。

その中でも久留米工業大学は、「ものづくり」や「自動車」「機械」「建築」「情報」といった実学に近い分野を担ってきた大学です。

この記事では、久留米工業大学の歴史から現在の姿、そして卒業後の進路までを、久留米ジャーナルの視点で整理します。

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久留米工業大学はどこにある大学?

久留米工業大学は、福岡県久留米市上津町にある私立の工業大学です。

久留米市の中心部というより、上津・藤山方面の落ち着いた地域に位置しています。西鉄久留米駅やJR久留米駅のような都市の中心からは少し離れていますが、そのぶんキャンパスとしては広がりを持ち、工学系の学びに必要な実験・実習の環境を整えやすい場所にあります。

久留米という街を見ると、どうしても西鉄久留米駅周辺や文化街六ツ門久留米駅前再開発などに目が向きがちです。

しかし、久留米工業大学のような存在を見ると、久留米は単なる商業都市ではなく、教育・技術・産業人材を送り出す街でもあることがわかります。

自動車工業から始まった大学の歴史

久留米工業大学の歴史は、1958年に学校法人久留米工業学園として設立認可されたところから始まります。

その後、1966年に久留米工業学園短期大学が設置され、自動車工業科が置かれました。つまり、久留米工業大学の出発点には、かなり早い段階から「自動車」や「機械」の教育がありました。

1976年には、学校法人久留米工業大学へと名称を改め、久留米工業大学工学部が設置されます。当初は、機械工学科、交通機械工学科、建築設備工学科が置かれていました。

この流れを見ると、久留米工業大学は最初から「机の上の学問」だけではなく、社会に出て使える技術者を育てることを強く意識してきた大学だったと言えます。

現在の久留米工業大学は何を学べるのか

現在の久留米工業大学は、工学部を中心に、ものづくりや工学分野を学ぶ大学です。

主な分野としては、次のような領域があります。

  • 機械・システム系
  • 交通機械・モビリティ系
  • 建築・設備系
  • 情報ネットワーク系
  • 教育創造工学系

特に久留米工業大学らしさが出ているのは、自動車や交通機械、モビリティに関わる分野です。

もともと自動車工業科をルーツに持つ大学であり、現在でも交通機械工学科などを通じて、自動車、機械、航空、鉄道、建設機械など、乗り物や産業機械に関わる分野とつながっています。

近年は、単に「車を作る」というだけではなく、AI、情報、環境、エネルギー、モビリティという広い視点が必要になっています。

久留米工業大学も、昔ながらの工業大学というだけでなく、時代に合わせて工学の範囲を広げている大学だと言えます。

久留米工業大学と自動車産業

久留米工業大学を語るうえで、自動車産業との関係は外せません。

実際、交通機械工学科の主な就職先には、マツダ、SUBARU、ダイハツ工業、ヤマハ発動機、三菱自動車、日産自動車など、自動車やモビリティ関連企業が並んでいます。また、トヨタプロダクションエンジニアリング、トヨタ車体研究所といったトヨタ系に近い企業名も確認できます。

久留米から愛知県のトヨタ系列の会社に就職する学生がいるという話も、大学の性格を考えると自然な流れです。

久留米工業大学は、福岡県内や九州だけに閉じた大学ではありません。自動車産業の集積地である愛知、静岡、広島、関東圏などへ人材を送り出す可能性を持った大学です。

久留米で学び、愛知の自動車関連企業で働く。

これは、地方都市の大学が全国の産業とつながっている一つの実例です。

「地味だけど強い」大学という見方

久留米工業大学は、全国的な知名度で言えば、巨大な総合大学ではありません。

しかし、工業大学には工業大学の強さがあります。

文学部や法学部のように広く教養を学ぶ大学とは違い、工学系の大学は、就職や資格、技術職との距離が比較的近いです。特に機械、自動車、建築、情報などは、社会の中で必要とされ続ける分野です。

久留米工業大学は、派手な大学というより、現場に近い大学です。

車を扱う。
機械を扱う。
建物を扱う。
情報を扱う。
社会の裏側で動いている技術を扱う。

そういう意味では、久留米という街の見えにくい産業的な顔を支えている大学でもあります。

久留米の街にとって久留米工業大学は何なのか

久留米には、久留米大学があります。医学部を持ち、地域医療や総合大学としての存在感があります。

一方で、久留米工業大学は、ものづくりや技術者育成の側から久留米を支えてきました。

街を考えるとき、商店街再開発病院歓楽街歴史だけを見ていても全体像は見えてきません。大学もまた、街の構造をつくる重要な要素です。

久留米工業大学があることで、久留米には若い学生が集まり、技術を学ぶ場が生まれ、卒業生が九州や全国の企業へ出ていきます。

その中には、自動車関係の会社に進む人もいます。建築や設備、情報分野へ進む人もいます。地元に残る人もいれば、愛知県のトヨタ系列のような大きな産業圏へ向かう人もいます。

つまり久留米工業大学は、久留米の中にありながら、久留米の外へも人材を送り出す大学です。

まとめ|久留米工業大学は、久留米の「技術の出口」である

久留米工業大学は、自動車工業科をルーツに持ち、機械、交通、建築、情報などの分野で実学的な教育を行ってきた工業大学です。

久留米の大学というと、どうしても久留米大学の存在感が大きく見えます。しかし、久留米工業大学には、工業大学としてのはっきりした役割があります。

それは、技術を学ぶ人を育て、社会の現場へ送り出すことです。

久留米で学んだ学生が、自動車産業の中心地である愛知県のトヨタ系列企業へ就職する。そうした流れを見ると、久留米工業大学は単なる地方大学ではなく、久留米と全国の産業をつなぐ小さな橋のような存在にも見えてきます。

久留米という街を知るには、駅や商店街だけでなく、こうした大学の存在も見ておく必要があります。

久留米工業大学は、久留米の中で静かに技術者を育ててきた大学です。
そして今も、ものづくりの現場へ人を送り出し続けています。

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