志賀島(しかのしま)は福岡市東区にある島で、弥生時代の国宝「漢委奴国王金印」が発見された場所として知られています。
この金印は西暦57年、中国の後漢の皇帝が倭の国の王に贈ったとされ、日本史の教科書にも登場する有名な遺物です。
しかし実際に志賀島を訪れ、金印が発見されたとされる場所を見たことがある人は、それほど多くないかもしれません。
今回は志賀島にある 金印公園 を実際に歩きながら、金印の謎や志賀島の歴史を写真とともに紹介します。
志賀島へのアクセス
志賀島は福岡市東区にある島ですが、現在は海の中道で本土とつながっており、車でそのまま渡ることができます。
久留米から車で約1時間、福岡市中心部から車で約30〜40分ほど。
島の周囲は海に囲まれており、ドライブコースとしても人気の場所です。
金印公園とは
志賀島には 金印公園 という小さな公園があります。
ここは江戸時代に金印が発見された場所とされており、その記念として整備された公園です。
志賀島に入って海岸線を左回りに進むと、車で5〜10分ほどで到着します。
駐車場や案内板もあり、比較的わかりやすい場所にあります。

金印公園の景色
金印公園は小高い丘のような場所になっています。
階段を上ると広場があり、そこから海を見渡すことができます。

志賀島の海はとても綺麗で、開放感のある景色が広がっています。

金印のレプリカ
公園には金印のレプリカが展示されています。

透明なケースの中にあり、海を背景に金印が浮かんでいるように見える展示になっています。
実際に見ると、教科書で見るイメージよりもかなり小さい印象です。

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一辺 約2.3cm
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重さ 約108g
だそうです。

金印とは何なのか
金印の正式名称は
漢委奴国王印(かんのわのなのこくおういん)
と呼ばれています。

三行に分かれて文字が彫られており
委奴
國王
と刻まれています。
意味としては
倭の
奴国の王
つまり中国の王朝「後漢」が、倭の奴国の王に授けた印という意味になります。
金印が発見された場所
金印は江戸時代、志賀島の農民が水田を耕しているときに発見したと伝えられています。
巨石の下に隠されていたとも言われています。
その後、福岡藩主である黒田家が所有することになり、現在は福岡市博物館に保管されています。
志賀島と古代日本
この金印の存在は、弥生時代の日本が中国と外交関係を持っていたことを示す重要な証拠です。
卑弥呼や邪馬台国よりも古い時代の出来事であり、日本の古代史を考えるうえでも非常に興味深い遺物と言えるでしょう。
志賀島にはこの金印公園のほかにも、古代の海人族と関係する神社があります。
まとめ
志賀島は、弥生時代の国宝「漢委奴国王金印」が発見された歴史的な場所です。
実際に金印公園を訪れてみると、教科書で学んだ歴史がぐっと身近に感じられます。
福岡市からも近いので、志賀島を訪れる機会があれば、ぜひ金印公園にも立ち寄ってみてください。


