八女古墳群には数多くの古墳が点在していますが、その中でも弘化谷古墳は特に特徴的な古墳です。
この古墳は、八女古墳群の中で最大規模の円墳であり、内部には装飾古墳として知られる壁画が残されています。
また、古代豪族 筑紫君磐井一族との関係も指摘されており、筑後地方の古代史を考えるうえで重要な遺跡のひとつです。
今回は、実際に現地を歩きながら 弘化谷古墳の歴史や特徴、現地の様子を写真とともに紹介します。
弘化谷古墳とは
まず、弘化谷古墳の基本情報を見てみましょう。
所在地
築造年代
6世紀中頃(古墳時代後期)。
形状
円墳。
八女古墳群の中でも最大規模の円墳とされています。
墓主
被葬者は特定されていませんが、
筑紫君磐井の子・葛子(くずこ)と同時代の磐井一族に関係する人物
である可能性が指摘されています。
この地域には、北部九州最大の前方後円墳である岩戸山古墳もあり、磐井政権の中心地だったと考えられています。
弘化谷古墳の特徴

弘化谷古墳は、装飾古墳としても知られています。
古墳内部には石屋形(いしやかた)が設けられており、壁面には
-
双脚輪状文(そうきゃくりんじょうもん)
などの文様が描かれていました。
壁面は 赤い顔料で塗られた装飾古墳で、筑後地方の装飾古墳文化を示す重要な遺跡とされています。
現在、実物は保護のため公開されておらず、こふんピア広川の資料館では レプリカを見ることができます。
※写真はこふんピア資料館展示のレプリカ
写真で見る弘化谷古墳(現地散策)
弘化谷古墳は、八女古墳群の見学ルートの中にあります。
順路としては
こふんピア広川
↓
石人山古墳
↓
弘化谷古墳
という流れで歩くことができます。
石人山古墳から弘化谷古墳へ
石人山古墳の階段を下り、矢印の方向へ進みます。

山道を歩く
のどかな山道を歩いていきます。

池が見えてくる
しばらくすると左手に池が現れます。

弘化谷古墳へ続く階段
ここから古墳へ向かう階段が見えてきます。


駐車場
階段を上ると駐車場があります。
歩くのが難しい場合は、車で近くまで来ることも可能です。

弘化谷古墳(円墳)
こちらが弘化谷古墳です。
きれいな芝生で覆われた 円錐形の古墳になっています。

古墳の頂上
反対側には、古墳の上へ登る階段があります。


古墳からの景色
古墳の上からは広川町の景色が一望できます。
この眺めを見ると、まるで 城の天守閣のような場所にも感じられました。

石室入口
こちらが遺体が安置されていた石室です。

内部には装飾壁画がありますが、普段は保護のため閉鎖されています。
※毎年 4月と11月に一般公開されるそうです。
八女古墳群と磐井一族
八女古墳群は、5世紀から6世紀にかけて築かれた古墳群で、
などが点在しています。
これらの古墳は
筑紫君磐井一族の墓域
だった可能性が高いと考えられています。
6世紀には磐井の乱が起き、大和政権と九州勢力の対立が表面化しました。
弘化谷古墳は、そうした時代の筑後地方の政治勢力を物語る遺跡とも言えるでしょう。
まとめ
弘化谷古墳は
-
八女古墳群最大の円墳
-
装飾壁画を持つ装飾古墳
-
磐井一族と関係する可能性
という特徴を持つ古墳です。
八女古墳群を巡る際は、
-
石人山古墳
-
岩戸山古墳
-
弘化谷古墳
をセットで見学すると、古代筑後の歴史がより立体的に見えてきます。
古墳の上から広がる風景を眺めながら、1500年前の筑後の姿を想像してみるのも面白いかもしれません。
久留米・筑後地方の古墳を巡る
久留米ジャーナルでは、筑後地方の古墳を実際に歩きながら紹介しています。


