久留米で暮らしていて、ふと気になったことがあります。
ラブホテルは文化街のような中心地ではなく、なぜかインター付近に集まっています。
御井旗崎のあたりを通ると、同じエリアにまとまって並んでいますよね。
最初は「たまたまかな」と思っていましたが、どうも理由がありそうです。
気になったので、立地や利用の仕方も含めて調べてみました。
結論:車利用とデリヘルの動線、この2つが大きい
結論からいうと、理由は大きく2つあります。
- 車で利用しやすい立地であること
- デリヘルとの相性がいいこと
この2つが重なって、インター付近に集まりやすくなっています。
車で入りやすい場所にある
ラブホテルは、徒歩ではなく車で利用する前提の施設です。
そのため、
- 駐車場が広い
- 出入りしやすい
- 幹線道路に近い
といった条件が重要になります。
文化街のような中心地だと、
- 道が狭い
- 駐車場が確保しにくい
- 人通りが多い
といった問題があります。
一方、インター付近は道路が広く、車でのアクセスがしやすい環境です。
人目につきにくいという条件
御井旗崎周辺を見てみると、中心部と比べて人通りは多くありません。
ラブホテルの利用では、
- できるだけ人目につきにくい
- 知り合いに会いにくい
といった点も重要になります。
そのため、人が集まりやすい文化街よりも、郊外の方が条件に合っています。
デリヘルとの関係も大きい
もう一つ大きいのが、デリヘルとの関係です。
ラブホテル街の周辺には、デリヘルの待機所があることが多く、同じエリアにまとまっているケースが見られます。
こうした配置になると、
- 女の子の移動時間が短くなる
- 交通費がかかりにくい
- 回転が良くなる
といったメリットがあります。
実際、利用する側から見ても、呼びやすく待ち時間が短いエリアの方が選ばれやすくなります。
結果として、ラブホテルとデリヘルがセットで機能する場所に需要が集中しやすくなります。
広い土地を確保しやすい
ラブホテルは建物だけでなく、駐車場も含めた広い敷地が必要です。
中心地では、
- 地価が高い
- まとまった土地が少ない
という問題があります。
一方、インター周辺は郊外のため、
- 土地が広い
- 比較的安価
といった条件がそろっています。
少しだけ昔の話:宿場町との共通点もある
調べている中で少し気になったのが、昔の宿場町の位置です。
江戸時代の宿場町も、街の中心というよりは、街道沿いに配置されていました。
人の流れに合わせて、泊まる場所がつくられていた形です。
今回のラブホテル街も、
- 車の流れ(現代の街道)に沿っている
- 移動の途中で利用される
という点では、少し似ているようにも感じました。
「そもそもなぜこの場所なのか」をもう少し深く知りたい方は、歴史から読み解いた記事もあわせてご覧ください。
▶ 御井旗崎は昔どんな場所だったのか|薩摩街道と府中宿から読む久留米ラブホテル街の背景
高速道路との相性もいい
インター付近にあることで、
- 他の市町村から来やすい
- 移動の途中でも利用しやすい
というメリットもあります。
久留米市内だけでなく、周辺地域からの利用も見込める立地です。
御井旗崎に集まった理由
実際に御井旗崎周辺を見てみると、
- インターに近い
- 幹線道路沿い
- ラブホテルが集中している
といった特徴があります。
さらに、デリヘルの待機所も含めて同じエリアに集まっていることで、効率のいい構造ができています。
こうした条件が重なった結果、現在のラブホテル街が形成されたと考えられます。
まとめ
今回調べてみて分かったのは、ラブホテル街は偶然できたものではなく、条件がそろった場所に集まっていったということです。
- 車で利用しやすい
- 人目につきにくい
- 土地を確保しやすい
- デリヘルとの動線がいい
こうした要素がそろった結果、インター付近に集中する形になっています。
普段はあまり意識しませんが、こうして見てみると、街の配置にはきちんと理由があると感じました。
さらに深掘りすると、この土地の歴史にも関係してきます。
久留米はラブホテルとデリヘルが組み合わさる形ですが、文化街は少し事情が違います。
詳しくは以下の記事でまとめています。





