目が覚めたとき、部屋の空気は思いのほか穏やかで、拍子抜けするほどだった。
隣で、真依が眠っている。
カーテンの隙間から光がもれる。
白いシーツに、淡い線を引く。
真依がゆっくり目を開ける。
一瞬、ここがどこなのか探す顔。
そして思い出す。
「あ……朝か」
店の声ではない。
飾らない、少し低い声だった。
「おはよう」
男はそう言う。
声が少しだけ掠れている。
「おはよう」
短い返事。
だが、その短さが心地いい。
昨夜、確かにひとつになった。
それは疑いようがない。
けれど朝は、別の問いを運んでくる。
(俺たちは、どこへ向かうのか?)
真依はベッドから起き上がり、カーテンを少し開ける。
久留米の朝が、何事もなかったように始まっている。
車の音。
点滅する信号。
通勤する人影。
世界は変わっていない。
変わったのは、二人の間の“何か”だけだ。
昨夜の高揚は消えていない。
だが代わりに、静かな責任のようなものが胸にある。
「今日、どうする?」
軽い調子。
「昼は空いてる」
真依は少し笑う。
「そっか」
チェックアウトの時間が近づく。
服を着る音が、現実を呼び戻す。
エレベーターの中、真依の肩がわずかに触れる。
それだけで、昨夜の温度が蘇る。
ホテルの外に出ると、空気は冷たい。
夜の甘さを薄めるような、澄んだ朝。
真依は小さく息を吸う。
「なんか、変な感じ」
「どっか行く?」
男は聞く。
別れの流れを、さりげなく断ち切るように。
真依は少し考えてから言う。
「鳥類センターとか?」
その響きが、妙に明るい。
「いいね」
男は、即答した。
昨夜の熱は、もう静かだ。
代わりに、並んで歩くリズムがある。
身体を重ねたことよりも、こうして並んで歩けることのほうが、ずっと確かな証のように思えた。
つづく



