鳥類センターの入り口は、家族連れでゆるく賑わっている。
ベビーカー。小さな子ども。鳥の羽音。
真依は笑う。
「平和だね」
その横顔を見ながら、男は思う。
昨夜の彼女も真依だった。
今、太陽の下で笑っている彼女も真依だ。
どちらも嘘ではない。
池の水面が光を返す。
フラミンゴが片脚で立っている。
「見て、あれ」
真依が男の腕を軽くつかむ。
その仕草は自然だった。
夜の続きでも、演技でもない。
男は、自分の中の何かが緩むのを感じる。
ベンチに腰を下ろす。
冬の陽射しが、やわらかい。
真依はペットボトルの水を飲みながら言う。
「昨日、変だったよね、わたし」
男は首を振る。
「変じゃない」
少し間を置いてから、続ける。
「ちゃんと、選んでた」
真依はその言葉を、すぐには返さない。
ただ、小さくうなずく。
昨夜の心音は、もう激しくはない。
だが確かに、同じリズムで鳴っている。
薄暗い夜ではなく、光の中に立っても、まだ隣にいる。
「こういうの、久しぶり」
真依が、笑顔で言った。
“久しぶり”という言葉が、男の胸に小さく刺さる。
(俺は、特別なのか? それとも、他の客と同じなのか?)
池の水面が揺れる。
白い鳥が羽を広げる。
真依は立ち上がり、柵にもたれながら言う。
「なんか、普通のデートみたいだね」
男は笑う。
「普通、っていいね」
その言葉は、軽い。
けれど、願いが混じっていた。
子どもが走り抜ける。
鳩が驚いて飛び立つ。
空は高く、雲は薄い。
真依がふと、男の腕に触れる。
昨夜の延長ではない。
ごく自然に。
その触れ方が、いちばん深くて愛おしい。
「お腹すいた」
真依が言う。
「何食べる?」
「やりうどんとか?」
「丸星ラーメンとか?」
二人は、笑い合う。
昨夜の熱は、もう静かだ。
代わりに、並んで歩くリズムがある。
出口へ向かう道。
影が二つ、同じ方向に伸びる。
身体を重ねたことよりも、こうして並んで歩けることのほうが、ずっと確かな証のように思えた。
久留米の空は、まぶしいほど青い。
そして二人は、まだ隣にいる。
つづく


