六ツ門商店街から通りを一本入ると、人影はまばらになった。
自動販売機の光が、二人の影を長く伸ばす。
入口の前で、一瞬だけ足が止まったが、もうどちらも引き返す理由を探さなかった。
パネルの前で部屋を選ぶ。
エレベーターの中で、二人は小さく息を吐いた。
部屋番号の前で、男がキーを差し込む。
ドアが閉まり、ロックの音が鳴る。
街の音が遠くに消える。
部屋の中には二人の呼吸だけが残る。
お互いが一歩、近づく。
指先が絡む。
呼吸が近い。
ふいに真依が、男の顔を見つめた。
「また何か考えてる?」
「少し」
真依は一瞬だけ間を置き、こめかみに指を当てる。
「小脳も、大事よ」
ゆっくりと触れると、抑えていたものが、静かにほどけていく。
唇が触れる直前、部屋の空気がわずかに震える。
真依の唇は、思っていたより柔らかく、思っていたより熱い。
男の指が、背中を探る。
触れ合うたび、境界が一枚ずつ消えていく。
真依の息が、少し乱れる。
吐息が近くで混ざり、互いの体温が、はっきりと伝わる。
「……今、同じだね」
重なると、熱は、ゆっくりと上がり、やがて確かな頂点に触れる。
男が先に息を吐く。
真依の指が、ゆっくりと力を込める。
やがて、波は静まり、部屋に別の静けさが戻る。
呼吸だけが、まだ少し速い。
真依は目を閉じ、しばらく動かなかった。
男も、何も言わない。
重なった二つの心音だけが、静かに、部屋を満たしていた。
つづく




