福岡県八女市にある 岩戸山古墳 に行ってきました。
岩戸山古墳は、6世紀頃に築かれた 北部九州最大の前方後円墳で、古代の豪族・筑紫君磐井の墓と考えられている古墳です。
日本書紀に記された「磐井の乱」とも深く関係しており、日本の古代史を考える上でも非常に重要な遺跡です。
今回は実際に岩戸山古墳を歩きながら、
-
岩戸山古墳とは何か
-
筑紫君磐井とはどんな人物か
-
磐井の乱の真相
などについて紹介します。
岩戸山古墳とは
岩戸山古墳は福岡県八女市にある前方後円墳で、全長約170メートル。
北部九州では最大級の規模を誇る古墳です。
しかもこの古墳の面白いところは、
実際に古墳の上を歩くことができる
という点です。
大阪の仁徳天皇陵のように遠くから眺めるだけの古墳とは違い、岩戸山古墳では実際に古墳を歩きながらその大きさを体感できます。

岩戸山古墳の基本情報
| 名称 | 岩戸山古墳 |
| 所在地 | 福岡県八女市 |
| 墳形 | 前方後円墳 |
| 全長 | 約170m |
| 築造 | 6世紀前半頃 |
| 被葬者 | 筑紫君磐井とされる |
| 特徴 | 北部九州最大級の前方後円墳 |
前方後円墳とは
前方後円墳とは、古代日本において権力者の墓として作られた古墳の形式です。
円形の後円部と台形の前方部を持つ独特の形をしており、古代の権力者の象徴でもありました。
有名なものには、大阪府堺市にある仁徳天皇陵古墳があります。
古墳は亡くなった後に築かれるイメージがありますが、実際には生前から作られる場合も多かったと言われています。
今回紹介する岩戸山古墳も、生前に築かれた可能性が高いとされています。
岩戸山古墳へのアクセス
岩戸山古墳は福岡県八女市にあります。
→場所はコチラ(GoogleMap)
九州を南北に貫く国道3号線沿いにあり、標識も多いため車でのアクセスは比較的わかりやすい場所です。
公共交通機関の場合は
-
西鉄久留米駅
-
JR羽犬塚駅
などからバスまたはタクシーを利用するのが一般的です。
岩戸山歴史文化交流館「いわいの郷」
岩戸山古墳の近くには、岩戸山歴史文化交流館「いわいの郷」という資料館があります。
ここでは
-
岩戸山古墳
-
八女古墳群
-
筑紫君磐井
などについて詳しく知ることができます。
入館料は無料で、学芸員の方が資料も配ってくれました。
入口には、岩戸山古墳の主とされる筑紫君磐井の像があり、かなり迫力のある顔をしています。

岩戸山古墳を実際に歩いてみる
資料館の裏口から外へ出ると、すぐに岩戸山古墳へ行くことができます。
この設計がちょっと面白くて、まるでドラえもんの「どこでもドア」のようでした。
古墳の周囲は遊歩道のようになっており、地元の人がウォーキングコースとして利用しているようです。
実際に歩いてみると、観光地というより地域の生活の中に溶け込んだ古墳という印象でした。
古墳の直径は約170メートル。
古墳の上をぐるりと一周することができます。

筑紫君磐井とは何者か
筑紫君磐井とは、6世紀ごろに北部九州を支配していた豪族です。
古事記や日本書紀には、西暦527年に起きた磐井の乱の中心人物として登場します。
筑紫君磐井と岩戸山古墳の年表
6世紀初頭
筑紫君磐井が北部九州の豪族として勢力を持つ
527年
ヤマト政権と磐井の乱が起こる
528年
ヤマト政権軍に敗れる
6世紀前半
岩戸山古墳が築かれる
▶八女古墳群の記事
磐井の乱とは
磐井の乱とは、ヤマト政権と筑紫君磐井が戦った戦いです。
当時、ヤマト政権は朝鮮半島の百済を支援するため、九州の勢力に協力を求めました。
しかし磐井はこれを拒否し、ヤマト政権と対立します。
その結果、九州の豪族を巻き込んだ戦いへと発展しました。
日本書紀ではこれを「反乱」としていますが、現在ではヤマト政権と九州勢力の戦争と考える研究者も多くいます。
筑紫君磐井の最期
日本書紀によれば、磐井は戦いに敗れて殺されたとされています。
しかし別の資料では豊前へ逃れたという記録もあります。
もしそうであれば、岩戸山古墳には本当に磐井が埋葬されているのかという疑問も残ります。
このあたりは今でも古代史のミステリーです。
岩戸山古墳周辺の関連古墳
岩戸山古墳の周辺には
-
石人山古墳
-
弘化谷古墳
など、磐井一族に関係すると考えられている古墳が点在しています。
八女市周辺は八女古墳群と呼ばれる古墳の密集地域でもあります。
まとめ
岩戸山古墳は、北部九州最大級の前方後円墳であり、古代の豪族筑紫君磐井と深く関係する古墳です。
磐井の乱という古代史の大きな事件とも結びついており、日本の歴史を考える上でも非常に興味深い場所です。
実際に古墳の上を歩くこともでき、歴史を身近に感じられるスポットでもあります。
久留米や八女を訪れる機会があれば、ぜひ一度歩いてみてください。
岩戸山古墳や筑紫君磐井の話は、久留米・筑後地域の古代史を知るうえで欠かせないテーマです。
久留米ジャーナルでは、このほかにも神社や古墳、地域の歴史に関する記事をまとめています。

