かつて「西鉄久留米駅」から歩いて数分、文化街のネオンにはフィリピンパブの明るい看板が並び、異国の歌声が夜を包んでいた。
しかし、ここ数年で、その光景は一変した。
ブローカーの摘発、店長の逮捕、そして入管・警察による監視強化。久留米の歓楽街から「タレントビザ」で来日する女性たちの姿が消えた。
一体、この街で何が起きたのか。
記者は、沈黙したネオンの裏側を歩いた。
■夜の街に訪れた静けさ― ブローカー逮捕、入管の監視強化、そして文化街の静かな崩壊 ―
久留米・文化街。かつてネオンの光が交差し、笑い声とカラオケが響いたこの歓楽街に、いま静かな変化が起きている。
一時期、フィリピンパブが軒を連ね、「タレント」と呼ばれるフィリピン人女性たちがステージで歌い、客をもてなしていた。だが、2024年以降、その姿はほとんど見られなくなった。
「もう“本物のタレント”はいませんよ」
ある老舗パブの関係者は、声を潜めて語る。
「今いるのは、ほとんどが日本在住のフィリピン人(※)か、留学・技能実習からの流れ。昔のようにショーをできる子はいなくなった」
※日本人男性と結婚して(今は離婚している)フィリピン人女性など。
■背景にあった「ブローカー逮捕」
転機となったのは、2022年に明るみに出たブローカーの逮捕事件だった。入管庁と警察が連携し、全国的に「不法就労斡旋ルート」の摘発を強化。その中で、福岡県久留米市でもブローカーとされる人物が逮捕された。
摘発容疑は、福岡、佐賀、長崎、熊本、大分5県の店に女性たちを派遣、ホステスとして働かせることを知りながら飲食店経営者にあっせんしたとして、入管難民法違反で逮捕起訴された。その後、執行猶予付きの有罪判決が出ている。
■店長逮捕、そして連鎖的な撤退
2022年のブローカー逮捕を皮切りに、文化街の数店舗でも店長や経営者の逮捕が相次いだ。
中には、ブローカー経由で女性を雇い、在留資格を確認せずに接客させていたケースも。結果、警察と入管の合同摘発により、「タレントビザ」時代の文化が完全に終焉を迎えた。
「リスクが高すぎる。今は日本人か、永住・定住者しか雇えない」
店長たちの間で、そんな声が広がった。
久留米・文化街の夜は、静かに様変わりしていった。
■「タレント制度」崩壊の余波
そもそも、フィリピン人タレントが日本に入国する仕組みは、2000年代前半まで「興行ビザ(エンターテイナー)」として認められていた。
だが、2005年の人身取引問題を受けて入管法が厳格化。日本側の受け入れ審査が厳しくなり、以後は激減した。それでも地方都市では、ブローカーや人材紹介業者を介して“灰色ルート”が続いていたとされる。
久留米もその一つだった。
■入管の監視強化と、変わる街の構造
入管庁は近年、SNS・紹介サイト経由の不法就労を重点的に監視。特に地方都市での「隠れ雇用」や「ブローカー経由の紹介」を摘発対象としている。
その波は久留米にも及び、店舗は次々と営業形態を見直した。
「昔のように“ショーパブ”を名乗る店はもうない。代わりに“カラオケバー”“スナック”として細々やってる。客層もだいぶ変わった」(元従業員)
一方で、フィリピン人コミュニティ自体は依然として久留米に存在する。80年代、90年代に日本に渡ってきたフィリピーナたち、その子供たち、技能実習・留学生として来日した人々が、昼は工場、夜はバーで働き、今も久留米の地で互いに支え合って暮らしている。
■取材後記:ネオンの奥に残る“静かな声”
フィリピン人タレントに接客させたとして逮捕起訴され、執行猶予付き判決で文化街に戻ってきた店主は、開口一番こう言った。
「もう違法なことはしたくない。留置所はコリゴリです。それにこんな状況では、フィリピン人タレントの店は諦めるしかありませんから。いくら待ってもタレントが来ないんだから(苦笑)」
彼は、長年やっていたフィリピンパブをたたみ、2025年8月、小さなバーを開店した。

長年この街で生きてきた彼は、不安と希望が混ざった複雑な表情をして、こう語る。
「これまでフィリピンパブしかやってこなかったから、もちろん不安しかありませんよ。でもちょうどいいきっかけかもしれません。僕は親父がやっていたから、フィリピンパブをやっていただけです。これは新しい挑戦ですし、本当の意味ではじめての僕の店です。この街には昔からの知り合いもいるんで、みんなが楽しめる小さな隠れ家的バーでいいかな、と思ってます。だから宣伝もしません。記事にも店名は出さないでくださいね(笑)」
彼が新しくはじめた小さな店には、今でも往年のフィリピン人タレントたち、彼にお世話になったというフィリピーナたちがやってくる。
「だから日本人のお客さんはあまり飲まないけど、一応、テキーラとショットグラスも置いてあります(笑)。1800、これ美味しいですよ」
夜の街の光が薄れても、人と人との記憶は消えない。
久留米の文化街は、いま“合法と現実”の間で、新しい時代の形を探している。