第四話 名前のつかない午後

久留米連載小説
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その日は、最初から行き先が決まっていたわけではなかった。

西鉄久留米駅で待ち合わせて、1階のバスロータリーのところで、二人は立ち止まった。

「今日は、どうする?」
真依が聞く。

散歩でもいいし、どこか座れるところでもいい。
そう思っていたはずなのに、男の視線は壁の方に向いていた。

久留米市美術館の展示を知らせるポスター。

「……これ、行ってみる?」

自分でも、唐突だと思った。
でも、理由が必要だっただけかもしれない。

真依はポスターを見て、少しだけ考えた。

「いいかも」

それで決まった。

駅前からバスに乗る。
昼間の車内は静かで、二人とも外を見ていた。
会話は少なかったが、気まずさはなかった。

石橋文化センターに着くと、空気が少し変わる。
街の音が遠くなって、緑が多くなる。
久留米に住んでいても、日常の延長で来る場所ではない。

「ちゃんとしたところだね」
真依が、ぽつりと言った。

「うん、なんか、デートっぽい」

そう言ってから、男は少し後悔した。

でも、真依は、否定しなかった。

美術館の中は、静かだった。

声を落とさないといけない場所は、自然と距離を意識させる。

同じ絵の前で立ち止まって、同じ説明文を読んで、短い感想を交わす。

「これ、嫌いじゃない」

「俺も」

展示を見終わって美術館の裏にまわると、ベンチがあいていた。
並んで腰掛けて、白鳥を眺めた。

夜の店より近いのに、触れられない距離感。
風が、二人の間を抜けていく。

「最初、こんな予定じゃなかったよね」
真依が、少し笑って言う。

「だね。ノープラン。散歩くらいのつもりだった」

「でも、悪くないね」

その一言が、男の中でゆっくり残った。

バスに乗って、また西鉄久留米駅まで戻った。

「じゃあ、今日はこの辺で。また、連絡するね」

引き止める理由も、先に進む言葉も、今日は見つからなかった。

家に帰ってから、男は思う。

美術館に行って、ベンチに座っただけ。
恋と呼ぶには、まだ早い。
それでも、確かに一線は越えている。

もう、文化街の客とキャストという元の曖昧さには戻れない気がしていた。

つづく

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