第六話 越える前の夜

連載小説
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「今日は店の出勤がないんだよね」
真依が、そう言った。

それ以上の説明はなかったが、男はその一言で十分だった。

だから、急ぐ理由もなかった。
帰らなければならない理由も、引き止める口実も、必要なかった。

西鉄久留米駅で待ち合わせて、いつもより少し遅い時間に歩き出す。

街は、もう昼の顔をしていない。
でも、夜の店に向かう時間とも違う。
どこにも属さない、中途半端な時間帯だった。

食事をして、ショットバーで少しだけ飲む。

真依は、時計を見なかった。
男も、見なかった。

「このあと、どうする?」

その言葉は、これまで何度も聞いたものだった。
でも今回は、本当に選択肢があった。

「静かなところ、行く?」
男は、そう言った。

真依は少しだけ考えて、頷いた。
「うん」

その返事は、軽くもなく、重くもなかった。

男は一歩、距離をつめた。
触れるつもりはなかったが、真依の手が、わずかに揺れているのが見えた。

指先が、触れた。

避けることも、握ることもしない。
ただ、触れたまま、数秒だけ止まる。

真依は手を引かなかった。

どちらからともなく、もう一度、距離が縮まる。

今度は、はっきりと手を握った。

つづく

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