会う回数が、はっきり増えた。
仕事が終わったあとに少しだけ。
昼だったり、夕方だったり、夜の手前だったり。
長くはいられない時間ばかりだった。
真依は、いつも時計を見る。
「このあと、店なんで」と言って、それ以上は説明しない。
会う理由は、いつも曖昧だった。
「近くにいたから」
「少し時間が空いたから」
「今日は、早めに切り上げられそうだから」
どれも嘘ではない。
でも、もう理由としては機能していなかった。
会うこと自体が、理由になってしまっていた。
真依は、会うたびに違って見えた。
夜の店で見る彼女とは違う。
昼の街で見かける誰かとも違う。
コーヒーを飲む速さ。
歩くときの癖。
話の途中で、一瞬だけ黙る間。
男は、自分がそれらを自然に覚えてしまっていることに気づいていた。
西鉄久留米駅で待ち合わせて、一番街を少し歩く。
行き先は、決めない。
「どこ行く?」
男が聞く。
「どこでもいいよ」
真依は即答した。
本当に、どこでもよかった。
カフェに入って、横並びに座る。
向かい合わない距離が、もう当たり前になっていた。
沈黙は、重くならない。
言葉がなくても、時間が進んでいく。
「最近、楽しい」
真依が、何気なく言った。
その瞬間、男はもう考えるのをやめた。
否定しようとしても、材料が見つからなかった。
楽しい。
会いたい。
別れ際が、名残惜しい。
これを恋と呼ばずに、何と呼べばいいのか分からなかった。
「……俺も」
そう答えた声は、思っていたより静かだった。
それでも、一度口に出してしまえば、もう戻れないと分かっていた。
店を出て、歩く。
肩が触れそうで、触れない距離。
信号待ちで、同じ方向を見る。
手を伸ばせば、届く。
でも、伸ばさない。
「また、会えるよね」
男が言った。
確認でも、約束でもない。
「うん」
真依は、迷わず答えた。
別れたあと、男は一人で駅へ向かいながら、もう考えるのをやめた。
これは、気のせいでも、勘違いでもない。
恋じゃないと言う理由が、もう、なかった。
つづく



