昼に会うのは、最初から決め事みたいなものがなかった。
「少しなら時間あるから、散歩でもする?」
真依がそう言ったのは、前日の夜だった。
LINEで届いたその言葉は、どこまで本気なのか分からない、少し変わった誘いに聞こえた。
西鉄久留米駅で落ちあうと、昼の街はやけに現実的だった。
人が多くて、誰もこちらを見ていない。
夜の店で目の前にいた距離感は、ここでは自然に離れてしまう。
「人多いね」
「一応、久留米の中心だからね」
そんな、どうでもいい会話をしながら、一番街商店街の方へ歩く。
目的もなく歩くには、ちょうどいい。
真依は、夜とはまるで違って見えた。
ただの、同じ街に住んでいる女の人。
それが、なぜか文化街で見る彼女よりも気になった。
「ここ、前から気になってたんだよね」
商店街の途中で、真依が足を止めた。
化石や鉱石が並んでいる、小さな店だった。
「入る?」
「……久留米にこんな店あったっけ」
「あるよ。前から」
中に入ると、時間が少しだけ止まった感じがした。
アンモナイトだとか、よく分からない石だとか。
買う気もないのに、二人で眺める。
「子どもの頃、こういうの好きな男の子だった?」
「いや、全然」
「わたし、結構見ちゃうんだ。意味ないのに」
意味がない。
その言葉が、この時間そのものを指しているみたいで、男は少し笑った。
「岩塩だけ買って帰ろ」
真依は、店先に置かれていた岩塩の袋を買った。
「それ、どうするの?」
「お風呂に入れるの」
不思議な人だな、と男は思った。
店を出て、東町公園まで歩いた。
ベンチに座ると、昼の風が思ったよりも涼しい。
「ちょっと、何か買ってこようか?」
真依が立ち上がって、目の前のセブンイレブンに向かう。
戻ってきた手には、ペットボトルと、小さなスイーツがあった。
二人で分け合って食べる。
デートというほどのものでもない。
でも、文化街の夜よりも、ずっと緊張していた。
シティプラザの方へ歩くと、真依が少しだけ歩調を落とした。
「この辺、もうすぐ家なんだけど」
それは、ただの事実を伝える言い方だった。
誘いでも、拒絶でもない。
男は一瞬、言葉を探した。
「家、行っていい?」
その一言が、どうしても出てこなかった。
「じゃあ、今日はこの辺で」
代わりに、そんな無難な言葉を選んだ。
「うん。またね」
真依は頷いて、軽く手を振った。
それだけだった。
何も起きなかった。
触れもしなかったし、約束もしていない。
それでも男は、別れたあとに思ってしまう。
――終わった、とは思えない。
――でも、始まったとも言えない。
昼の久留米は、何も約束しない。
ただ、可能性だけを残して、あっさりと終わる。
その曖昧さが、文化街の夜よりも、ずっと厄介だった。
つづく

